少雨の秋、有明海のノリ養殖に起きた異変 50年ぶりの大不作と経済の意外な動き

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日本の食卓に欠かせないノリ。実は秋から冬にかけての雨が、その年の収穫量を左右する大事な時期となります。

山や陸地に蓄えられた豊かな栄養分が、雨水と一緒に川を下って海へ運ばれることで、河川からの栄養供給がノリの生育を支えています。

少雨が続くと海への栄養供給が減少し、ノリが深刻な栄養不足に陥ることがあります。記録的な大不作となった2022年度の事例から、雨と海が織りなす自然の仕組みと、そこで起きた「意外な経済の動き」について解説します。
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2022年度の有明海で起きた「3つの不運」

2022年度は「有明海」をはじめとする主要産地で、ノリ養殖は過去約50年で類を見ないほどの不作に見舞われました。

その背景には、海と気象の「3つの不運」が重なっていました。

①雨が降らず、川からの栄養が減少
ノリの養殖が本格化する秋口から冬にかけて、有明海周辺では雨が少ない状況が続きました。 これにより、川から海へ供給される栄養分が減少し、ノリの生育に影響しました。

② 水温が下がらず、赤潮が長期化
秋になっても水温がなかなか下がらず、晴天が続いたことで、植物プランクトンが大量発生する「赤潮」が長期化しました。 実は、植物プランクトンもノリと同じように海中の栄養分を利用して生きています。

③ ノリとプランクトンの「栄養の奪い合い」
雨が少なく海への栄養分の供給が減っているところに、赤潮のプランクトンが栄養分を消費しました。 その結果、ノリが利用できる栄養分が不足し極端な栄養不足に陥りました。

「色落ち」という致命傷

栄養不足に陥ったノリに現れるのが「色落ち」という現象です。

黒々としてツヤのある本来のノリとは違い、栄養分を十分に吸収できなかったノリは色素が減少し、黒い色が失われて黄色っぽく透けたような色になります。色落ちしたノリは品質が大きく下がるため、一部の漁場ではシーズンの途中で生産(収穫)を終了せざるを得ない厳しい事態となりました。

生産量は減ったのに、取引額は増えた?

では、この歴史的な不作は、ノリの経済にどれほどのダメージを与えたのでしょうか?

実際のデータを見ると、「不作=そのまま取引額が大暴落する」という単純な話ではない、水産経済の意外な動きが見えてきます。

指標2022年度の実績前年からの変化
全国共販枚数約48億枚約24%減少 ↓
全国平均単価17.24円/枚約47%上昇 ↑
全国共販金額約835億円約12%増加 ↑

※「共販(きょうはん)」とは
漁業者が収穫したノリを、漁協(漁業協同組合)を通じて海苔問屋や加工業者へ一括して販売する仕組みのことです。スーパー等での小売の売上ではなく、生産者から市場へ出荷された一次流通の取引データを指します。

生産・販売が約4分の1の減少
2022年度は、佐賀県をはじめとする主要産地が不作の直撃を受け、生産や販売が大幅に減少しました。これに伴い、全国の「全国共販枚数」は前年より約15億枚(約24%)減少し、50億枚を下回る約50年ぶりの低水準となりました。

全国的な供給不足による「単価の急上昇」
主要産地の共販枚数が激減したことで、市場では全国的な供給不足(超品薄状態)に陥りました。その結果、ノリを確保したい需要に対して供給が追いつかず、1枚あたりの全国平均単価は前年の11.75円から17.24円へと、約47%も急上昇しました。

結果的に市場全体の取引額はプラスに
共販枚数が大幅に減った一方で、それを上回る勢いで単価が高騰したため、全国の共販金額(取引額全体)は約835億円となり、前年から約12%増加しました。

台風通過や大雨があれば豊作になるのか?

このような不作のメカニズムを知ると、「台風が通過したり、大雨が降ればノリは豊作になるの?」と思うかもしれません。しかし、答えはそう単純ではありません。

雨による栄養分の供給は重要ですが、それと同じくらい「水温の低下」がカギを握ります。ノリの養殖をスタートするには、海水温が23℃前後までスムーズに下がることが重要な目安となります。いくら雨が降って海へ栄養分が運ばれても、秋以降も高水温がダラダラと続けば、病気のリスクが高まったり、赤潮プランクトンに栄養を奪われたりしてしまうからです。

実は、大不作となった2022年度のシーズン中にも、この“雨と冷え込み”のセットがいかに重要かを証明する出来事がありました。漁期後半の1月中旬にまとまった雨が降り、下旬に強い寒波がやってきました。水温の低下によって赤潮プランクトンが減り、雨で川から栄養分が流れ込んだことで、大半の漁場でノリの色調が一時的に見事な回復を見せたのです(※その後、再び赤潮が増加し一部の漁場は生産終了となりました)。

つまり、「適度な雨による栄養供給」と「スムーズな冷え込み」。この両方の条件がピタリと揃うことが、高品質なノリの安定生産には欠かせないのです。
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自然のバランスと私たちの食卓

雨による栄養分の供給、適切な水温への冷え込み、そしてプランクトンなど海の生態系。 ノリは「雨が降ればいい」わけではなく、これらの複雑な自然のバランスがピタリと揃って初めて美味しく育ちます。

“穏やかで雨の少ない秋”は私たちにとっては過ごしやすいですが、海では栄養分の供給が減り、ノリ養殖などの水産業に大きな影響を与えることがあります。まさに今年8月の有明海周辺で見られた記録的な雨不足のような気候は、目に見えない海の中の環境変化のサインでもあるのです。

普段何気なく食べているおにぎりのノリも、雨と海が織りなす繊細な循環の賜物なのです。今年の冬、美味しいノリに出会えたら、それはいくつもの条件をクリアした「自然の奇跡」と言えるかもしれません。
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※主な出典・参考情報
【海洋環境・栄養塩・赤潮に関する調査報告】
・農林水産省・水産庁「有明海・八代海等再生保全基本方針」
・環境省「有明海・八代海等総合調査小委員会(議事録および提出資料)」
・佐賀県有明海水産振興センター「有明海水象・ノリ生育調査データ」

【ノリ生産量・共販実績・経済影響データ】
・農林水産省「海面漁業生産統計調査」
・全国海苔貝類漁業協同組合連合会「全国共販成績」
・佐賀県農林水産部「有明海ノリ生産実績公表資料」

【気象・降水量データ】
・気象庁「2022年(令和4年)の秋(9〜11月)の天候まとめ」

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