国の伝統的工芸品、「日本三大うちわ」ってどこのうちわか知ってる?
京うちわ
日本にうちわが伝わってきたのは、6〜7世紀頃とされています。飛鳥時代の高松塚古墳の壁画で女性が手にしているなど、かつては儀礼的な意味合いの強いものだったと考えられています。
宮廷でも用いられた「御所うちわ」をルーツとするのが、京うちわです。骨を放射状に並べた「うちわ面」と「柄」を別に作り、うちわ面を柄に差し込んで作る「挿し柄」構造が特徴です。
京うちわは「都うちわ」とも呼ばれ、京都の豊かな文化のなかでさまざまな工夫が重ねられてきました。
竹は上質な嵯峨(京都府)産のものなどが使われ、非常に繊細な仕上がりとなっています。また、柄は漆に金彩を施した雅やかなものも多いです。面も漆や金で華やかに装飾されたり、和歌や人物、四季折々の草木や風景が描かれるなど、装飾品としての価値の高いのも特徴といえます。
宮廷でも用いられた「御所うちわ」をルーツとするのが、京うちわです。骨を放射状に並べた「うちわ面」と「柄」を別に作り、うちわ面を柄に差し込んで作る「挿し柄」構造が特徴です。
京うちわは「都うちわ」とも呼ばれ、京都の豊かな文化のなかでさまざまな工夫が重ねられてきました。
竹は上質な嵯峨(京都府)産のものなどが使われ、非常に繊細な仕上がりとなっています。また、柄は漆に金彩を施した雅やかなものも多いです。面も漆や金で華やかに装飾されたり、和歌や人物、四季折々の草木や風景が描かれるなど、装飾品としての価値の高いのも特徴といえます。
丸亀うちわ
丸亀うちわとは、香川県中西部の丸亀地方に古くから伝わってきたうちわです。多様な形がありますが、1本の竹で柄と骨が作られているのです。
その歴史は古く、江戸時代初期までには技術が確立されたと考えられています。竹は伊予(愛媛県)、紙は土佐(高知県)、のりは阿波(徳島県)など、近くから材料が調達できたことも、丸亀がうちわ産地として盛んになった理由の1つです。
江戸時代には、金毘羅参りのお土産として朱色に「丸金」印の「渋うちわ」が考案され、丸亀藩が藩士の内職としてうちわ作りを奨励したこともあって、うちわ作りは丸亀の地場産業として成長しました。
全国からさまざまなうちわ作りを任されたことで、丸亀うちわには、ほかの産地の特色が取り入れられました。そのため、形や図柄などが豊富になり、現在でも高い人気を得ています。
その歴史は古く、江戸時代初期までには技術が確立されたと考えられています。竹は伊予(愛媛県)、紙は土佐(高知県)、のりは阿波(徳島県)など、近くから材料が調達できたことも、丸亀がうちわ産地として盛んになった理由の1つです。
江戸時代には、金毘羅参りのお土産として朱色に「丸金」印の「渋うちわ」が考案され、丸亀藩が藩士の内職としてうちわ作りを奨励したこともあって、うちわ作りは丸亀の地場産業として成長しました。
全国からさまざまなうちわ作りを任されたことで、丸亀うちわには、ほかの産地の特色が取り入れられました。そのため、形や図柄などが豊富になり、現在でも高い人気を得ています。
房州うちわ
千葉県の房州半島南部にあたる房州で発展し、技術が受け継がれているのが房州うちわです。
その特徴は、竹の丸みをそのままいかした「丸柄」にあります。温暖な気候のもと育った竹で作られるため、軽く握りやすいうちわとなります。
竹を細かく裂いて作られた骨を糸で編んで面を作る際に、左右に「弓」を取りつけることで、半円の「窓」ができるのも房州うちわの魅力です。
房州のうちわ作りは、江戸時代とも明治のはじめともいわれています。房州は、良質な竹の産地でありましたが、うちわ生産が盛んになったきっかけは、1923(大正12)年の関東大震災です。多くのうちわ問屋が被害にあったことから、竹の産地近くでのうちわ生産がはじまり、房州に広まっていったのです。
やがて漁師町のおかみさんたちの内職として盛んになり、大正末期から昭和初期は年間7~800万本が生産されるほどになりました。現在では、さまざまな形やデザインが採用され、表紙の素材にも布生地など使われたものもあります。
現代では、うちわはイベントのグッズやノベルティ、現代アートとしても日常生活に馴染んでいます。伝統を受け継いだうちわが、これからも私たちの暮らしに彩りを添えてくれることでしょう。
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取材協力
(株)阿以波、香川県うちわ協同組合連合会、房州うちわ振興協議会
その特徴は、竹の丸みをそのままいかした「丸柄」にあります。温暖な気候のもと育った竹で作られるため、軽く握りやすいうちわとなります。
竹を細かく裂いて作られた骨を糸で編んで面を作る際に、左右に「弓」を取りつけることで、半円の「窓」ができるのも房州うちわの魅力です。
房州のうちわ作りは、江戸時代とも明治のはじめともいわれています。房州は、良質な竹の産地でありましたが、うちわ生産が盛んになったきっかけは、1923(大正12)年の関東大震災です。多くのうちわ問屋が被害にあったことから、竹の産地近くでのうちわ生産がはじまり、房州に広まっていったのです。
やがて漁師町のおかみさんたちの内職として盛んになり、大正末期から昭和初期は年間7~800万本が生産されるほどになりました。現在では、さまざまな形やデザインが採用され、表紙の素材にも布生地など使われたものもあります。
現代では、うちわはイベントのグッズやノベルティ、現代アートとしても日常生活に馴染んでいます。伝統を受け継いだうちわが、これからも私たちの暮らしに彩りを添えてくれることでしょう。
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