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地球温暖化で「御神渡り」が幻に? 600年間の記録から見えてきたこと

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2025/02/15 05:00 ウェザーニュース

大寒波のピークを過ぎた2月11日、長野県の諏訪湖では御神渡り(おみわたり)出現ならず、「明けの海」が宣言されました。御神渡りとは凍った湖面が山脈のようになる神秘的な現象です。近年は冬の間に出現しない明けの海の年が増えており、今冬こそはと注目されていたものです。

今、御神渡りは世界からも関心を集めていますが、その理由には御神渡りのメカニズム、気候変動との関係、そして長期間の御神渡りについての記録があります。

冬の湖の神秘、御神渡り

冬の風物詩として全国に知られる御神渡りは、地元では「神様がお渡りになった跡」と受け止められてきたもの。代々八剱神社宮司と氏子総代らにより、御神渡り神事が執り行われてきました。

「気温が-10℃以下の日が3日続くと湖面が全面凍結します。その後再び寒さが来ると、亀裂が盛り上がり、湖の端から端へと走るのです」と、長年御神渡り神事で判定を行ってきた八剱神社(やつるぎ/長野県諏訪市)宮司の宮坂清さんは語ります。

今年も2月3日の立春まで御神渡りは出現しなかったのですが、寒波に望みをかけて宮坂さんと有志の数人が観察を継続しました。

「9日は-10.5℃で、薄氷ではあるがほぼ全面結氷。10日には氷の厚みが増し、場所によっては3〜4cmになりました。11日までは-7℃に冷えるとされ、期待がありました。

しかし、11日朝の湖面には波が打って、寄せ氷の状態に。もう立春を過ぎて陽射しは強く、日も長くなっています。残念ながら『明けの海』を宣言しました」(宮坂さん)

583年目の観察記録の意味

宮坂さんはこの冬の御神渡りについて「583年目の点を私たちが観察し、後世に残す」と語ります。583年目とは、諏訪大社の「当社神幸記」、八剱神社の「御渡帳」「湖上御渡注進録」などに続いてきた御神渡りの記録です。
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2018年には5季ぶりに御神渡りが出現し拝観式が行われた(2018年02月05日撮影、写真/時事)
「八剱神社の記録は1683年から。江戸時代中頃から現代まで続いています。御神渡りができて、どこからどこに筋が通ったかが記されています。どんな年か、米の作柄、雨の多少、経済的な観念、よい年かなども。

天気予報もなかった時代に、自然現象のひとつの目安として御神渡りの筋をみて、過去の記録に似ているものを探し、頼りとしていたのですね。今は毎日水温と気温を測り、データから予測しています」(宮坂さん)

お茶の水女子大基幹研究院人間科学系准教授・長谷川直子先生、東京都立大名誉教授・三上岳彦先生らは、「当社神幸記」などの古文書の記録から過去の気候の研究を行っています。

「湖の物理現象が神事と結びつくことで、結果として約600年もの長期に渡って記録が残され現存しています。世界的にも類のない長期の文書記録で、東アジアの冬季の連続的な気候変動の状況を解明する資料としても貴重です」(長谷川先生)

湖の広さや深さ? 気温!? 御神渡りの条件

御神渡りは、さまざまな条件が重なって起きる自然現象です。まず、湖の地理的な条件、湖の広さや深さなどはどうでしょうか。

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「日本では、諏訪湖のほかに北海道の楕円形のカルデラ湖である『屈斜路湖(くっしゃろこ)』、急斜面に囲まれた周囲8kmの円形のカルデラ湖『倶多楽湖(くったらこ)』などで御神渡りと同様の現象が発生することが知られています。海外ではロシア東部のバイカル湖で、日本の湖よりはるかに大きいです。

御神渡りは淡水湖でみられ、広さと深さは、あまり関係がないと考えられます」(三上先生)

御神渡り出現には湖面の氷の厚さが10cmを超えなければならないとされています。

ウェザーニュースの調査でも、御神渡り出現の気象条件には諏訪市で最低気温-10℃以下の厳しい冷え込みが数日以上続く必要があることがわかっています。

「湖が全面結氷した後、日最低気温が-10℃以下の日が3日程度続くことで、氷が収縮して線状の亀裂が入り、そこに水が入ることで割れ目に沿って新たな結氷が生じます。夜間の放射冷却などの影響があるため、気温が最低になるのは明け方の7時頃です。

その後、日中の気温がやや上昇することが2~4日ほど続くと、亀裂の両側の氷が膨張して、割れ目に沿って線状に伸びる結氷を両側から押し上げる形になり、御神渡りが出現します。

英語では、ice pressure ridge(氷丘脈)という表現も用いられますが、まさに氷の圧力により尾根がつくられていくのです」(三上先生)

ただ、御神渡りにはわかっていないこともあるといいます。

「諏訪湖での日中と夜間の気温の差は、御神渡り発生の有無に関わらず、厳冬期には7~8℃で、他地域とあまり変わりません。ただし、御神渡り発生の数日前から気温の日較差が大きくなるという研究結果もあります。

最低気温が急激に低下して全面結氷すると、凍った湖面により夜間の放射冷却が促進されるため、最低気温はさらに下がり、日中は日射の影響で最高気温の変化は小さいため、結果的に気温日較差が大きくなるとも考えられます。

御神渡りの発生メカニズムについては、風の影響や湖面積の変化、湖岸の人工化なども影響するため、まだ十分に解明されていません」(三上先生)

600年間でも異例の状況

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近年は温暖化の急速な進行により、御神渡りの出現が少なくなってきました。最後に御神渡りが出現したのは2018年の冬で、それ以降2024年までの6年間は出現していません。

ウェザーニュースの調べでは、1946〜2023年の間に諏訪市で最低気温が-10℃を下回った年間回数は、1980年代後半以降徐々に減少しています。

温暖化の進行による御神渡りの激減については、COP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)でも映像作品として取り上げられるなど、世界から注目が集まっています。

長い御神渡りの歴史のなかでは、これほど出現しない時期があったのでしょうか。

「過去からの記録を見ると、御神渡りが起こらなかったことは一部の期間を除いてほとんどなく、ほぼ毎年起こってきました。

ただ、発生する時期は、15世紀~17世紀は1月上旬、18世紀~20世紀前半では1月中旬、20世紀後半は1月下旬か『明けの海』というように遅くなっています。

さらに1980年代以降、発生そのものが激減しています。つまり『明けの海』が急激に増えることになりました。この状況は1980年代後半に冬季の気温が不連続的に上昇する気候ジャンプという現象とも考えられ、これまでと明らかに異なる傾向です」(長谷川先生)
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「19世紀以前で確認されているのは、1866年~1869年の4年間、御神渡りなしという記録があり、他の代替記録(プロキシ※)からも、その時期に暖冬が継続したことがわかっています。

『当社神幸記』には、1507(永正4)年~1514(永正11)年の8年間、御神渡りがなかったという記録があります。しかし、それまでは各年ごとに御神渡りの有無と期日が記されていたのが、この8年間については毎年の記録がなく、1515(永正12)年に『前年までの8年間、御神渡りなし』とだけ書かれており、資料の信ぴょう性に欠けます。

またこの期間は、京都の桜満開日の記録などから、平均的な冬であったと考えられるため、今後さらに気候状況に関する歴史気候記録を探索する必要があります」(三上先生)

※代替記録(プロキシ)=ここでは湖底の堆積物や木曽ヒノキの年輪などを解析

当たり前だったことが、今やなつかしい現象に

御神渡りなしの年が増えるのは、諏訪地域に変化が起きているということでしょうか。

「今冬も出現しないとしたら、連続7年間御神渡りなしという過去に例のない状況です。今後も温暖化、特に最低気温の上昇は続くと考えられるので、御神渡りの発生は激減するか、場合によっては消滅すると考えられます」(三上先生)

「この15〜20年考えられないような明けの海が続いています。御神渡りは当然起こりうるものだったのが、今では地元の人間も結氷をなつかしがるようになりました。

世界では、森林火災や大干ばつ、氷山の崩壊などが起き、気候変動や温暖化が叫ばれていますが、自分の生活に影響がないと『対岸の火事』と思われがちです。

しかし、諏訪湖のことを考えれば7年も全面結氷が現れなくなっています。この現実をしっかり認識する、また、周知させる、その上で原因は何なんだろう、自分のできることは何か、と考えるきっかけになればよいと思っています」(宮坂さん)


ウェザーニュースでは、気象情報会社の立場から地球温暖化対策に取り組むとともに、さまざまな情報をわかりやすく解説し、みなさんと一緒に地球の未来を考えていきます。まずは気候変動について知るところから、一緒に取り組んでいきましょう。
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