【連載】冒険気象スタイル(8)

【三浦豪太】気圧と登山の危険な関係

文・写真:三浦豪太
シェルパの里、ナムチェバザールの全容
シェルパの里、ナムチェバザールの全容
父・三浦雄一郎氏とともに過酷な冒険を続ける三浦豪太氏(プロスキーヤー・登山家・博士〈医学〉)が大自然の気象世界を描く、貴重なノンフィクション。命の危険が伴う気圧の低下。低気圧下の高山で実際にあった救出劇とは?

東京もエベレスト山頂も酸素濃度は同じ?

僕たちは今、標高3450mシェルパの里と呼ばれるナムチェバザールに来ている。エベレストに続く街道沿いにあるこの町は、世界のトレッカーたちの集まるところである。
標高3450mのナムチェバザールの入り口
標高3450mのナムチェバザールの入り口
ナムチェに来るには、標高差800mある急坂を登らなければいけない。そのためナムチェに来た途端、高山病になる人も多い。高山病は体に取り入れられる酸素が少なくなるために発症し、頭痛や吐き気、倦怠感を伴い、症状が悪化すると脳浮腫や肺水腫といった病気を引き起こし、最悪の場合は死に至る。
ナムチェのメディカルセンター
ナムチェのメディカルセンター
ナムチェでの唯一の交通手段、ヘリコプター
ナムチェでの唯一の交通手段、ヘリコプター
環境に大きく影響される高山病だが、高山に来ると酸素濃度が低くなるから高山病が引き起こされると思っている人が多い。しかし実際には東京もエベレストの山頂も酸素濃度は同じ20.9%である。
エベレストの山頂。酸素濃度は東京と同じ
エベレストの山頂。酸素濃度は東京と同じ
それではなぜ酸素が少なくなるのかというと、気圧が低くなるからだ。大気はそれ自体に重さがあるので、標高が低いほど空気の重みで気圧が高く、標高が高いと低い気圧となる。
空気が薄い高山では酸素マスクをつけて登る
空気が薄い高山では酸素マスクをつけて登る
日本では一般的にこうした気圧を表すのにhPa(ヘクトパスカル)が使われ、海抜0mの平均気圧は1013hPaとされている。僕たちが今いるナムチェバザールの気圧は現在678hPaを示している。地上の約3分の2の気圧だ。
エベレスト南峰は地上の気圧の3分の1以下
エベレスト南峰は地上の気圧の3分の1以下
気圧は体にとって重要だ。体は酸素を利用してエネルギーを作っている。そのため、肺を循環する血液の酸素濃度は、外気よりも低い。そこに酸素の圧力差が生じて、体の中に酸素を効率よく取り入れることができる。
しかし、高山では外気の酸素圧と体の中の酸素圧差が小さくなり、酸素が体に取り入れにくくなるため、高山病が引き起こされる。僕自身、2008年のエベレスト登山では8000m以上の高所で無理をして、肺水腫と脳浮腫の両方を発症し、危うく命を落とすところであった。
三浦豪太(プロスキーヤー・登山家・博士〈医学〉)
三浦豪太(プロスキーヤー・登山家・博士〈医学〉)

1969年、神奈川県鎌倉市生まれ。三浦雄一郎の次男としてキリマンジャロを最年少(11歳)登頂。91年よりフリースタイルスキー、モーグル競技へ転向し、94年リレハンメル五輪、98年長野冬季五輪代表。2001年米国ユタ大学スポーツ生理学部卒業後、ワールドカップ解説やプロスキーヤーとして活躍。父・雄一郎とともに3度にわたり世界最高峰エベレスト登山に同行。現在、(株)ミウラ・ドルフィンズ低酸素・高酸素室のトレーニングシステム開発研究所長。博士〈医学〉(順天堂大学大学院医学部加齢制御医学講座)。