総力特集

患者数は1000万人!? その不調「気象病」かも

季節の変わり目の寒暖差や台風の通過など気象の影響で、めまいや頭痛、関節痛、手足のしびれなどを発症したり、症状が悪化することはありませんか? その不調は「気象病」かもしれません。

体調で天気予報ができる!?

ゲリラ雷雨で症状が悪化

医師の久手堅(くでけん)司さんが、「せたがや内科・神経内科クリニック」(東京都世田谷区)を開業したのは4年前。診療科目に「頭痛外来」「肩こり首こり外来」を掲げていたこともあり、他の医療機関では診断がつかずに訪れる患者が少なくなかった。久手堅さんは語る。
クリニック院長の久手堅司さん

クリニック院長の久手堅司さん

「患者さんの訴えを聞くと、『ゲリラ雷雨のときは特に頭痛がひどい』『関節の痛み方で天気予報ができるほどです』と言う人がいました。症状の悪化は天気が原因と思わざるを得ませんでした」

「気象病外来」を開設

久手堅さんは頭痛や関節痛、めまいなどと天気の関係を調べた。すると「気象病」や「天気痛」というテーマの研究論文があった。説得力もあった。
「それまでの患者さんの訴えと気象データを照らし合わせると、気圧が下がると症状が悪化する人がいました。医学的に気象病は認められていませんが、気象病と病名をつけないと治せない患者さんも多いので、昨年9月に『気象病外来』を新たに開設しました」(久手堅さん)
台風が近づくと気圧が一気に下がる 10月23日の天気図

台風が近づくと気圧が一気に下がる
10月23日の天気図

「気象病外来」は珍しいため、今年に入りテレビや新聞が取り上げた。すると北海道や沖縄など遠隔地から訪れる患者さんもいた。

気圧の変動で自律神経の乱れ

「気象病とは、気圧、温度、湿度の変化が引き起こすさまざまな症状です。中でも気圧の変化による自律神経の乱れが原因のことが多いのです。男女比は3対7で女性に多いです」(久手堅さん)
気象病は女性に多い

気象病は女性に多い

自律神経は、循環器や消化器、呼吸器などの活動を調整している神経だ。自律神経には、アクセル役の交感神経、ブレーキ役の副交感神経があるが、気圧が下がると内耳にあるセンサーが感知して、交感神経と副交感神経のバランスが乱れ、頭痛、めまい、関節痛といった症状が強く出るのだという。

気象病で不登校や休職も

「朝起きたとき気圧が下がっていると起きられず、不登校になったり、会社に行けずに休職する人もいるので、気象病は深刻です」
「このような方々は、起立性調節障害と診断され、血圧を上昇させる薬が処方される場合が多いです。しかし、これは根本治療ではありません。根本に気象病があることに気がつけば、治療は変わってきます。患者さん自身が改善方向に持っていけるのです」(久手堅さん)

気圧の変化は思った以上に大きい

私たちを取り巻く気圧はどれだけ変化しているのか。今年10月の東京の気圧変化をグラフにしてみた。
天気が「雨」から「晴」になると気圧が上がり、「晴」から「雨」に変わると気圧が下がる。この月は台風の接近もあり、気圧は990〜1030hPaと振れ幅が大きかった。気象病は気圧が下がる雨や台風の接近で悪化することが多いが、あなたの体調はどうだっただろうか。

気象病を検証した動物実験

天気と気分の密接な関係

心の状態を天気で言い表すことがある。「気が晴れる」「無念が晴れる」と言うかと思えば、「表情が曇る」「私の心は雨模様」と言ったりする。
雨の日に体調を崩すようなら気象病かも

雨の日に体調を崩すようなら気象病かも

総じて「晴れ」は爽快な気分を表し、天気が崩れた状態は気分がすぐれない状態を表している。多くの人は天気が気分に影響することを経験的に知っているからだ。それを動物実験で検証した研究がある。

うつ状態になったラット

実験動物のラットを強制的に泳がせると、やがて後ろ肢(あし)を動かさなくなる。しかし、抗うつ薬を投与すると回復することから、ラットは強制水泳でうつ状態になって後ろ肢を動かさないことがわかる。
この強制水泳を20hPa減圧した環境で行うと、通常の気圧で強制水泳を行ったラットに比べて、後ろ肢を動かさない時間が10〜60%延びた。つまり、気圧が下がるとうつ状態が悪化したのだ。

慢性的な痛みも低気圧で悪化

もうひとつ実験がある。ラットの後ろ肢に炎症を起こす薬剤を投与して関節炎を発症させると、ラットは痛みで、足上げ、足ふり、なめるなどの自発痛行動をする。通常の気圧のときと気圧を27hPa下げた場合を比較すると、低気圧の状態では強い痛みを感じていることがわかった。
また、気圧を徐々に下げると、1時間に5hPaという前線通過に伴う程度の気圧変化でも痛みが増すことが観察されたというのだ。
久手堅さんのクリニックに「気象病」の看板

久手堅さんのクリニックに「気象病」の看板

「天気痛」を初めて実証

これらの動物実験を行ったのは、愛知医科大学学際的痛みセンター客員教授の佐藤純さんたちだ(「天候変化と気分障害」2011年)。佐藤さんは天気の変化による痛みや体調不良を研究してきたが、これらの動物実験で低気圧とうつ状態・慢性痛の因果関係を初めて実証することができたという。
佐藤さんは低気圧で悪化する痛みを「天気痛」と名付け、「愛知医科大学病院痛みセンター」(愛知県長久手市)と「栄KENハートクリニック」(愛知県名古屋市中区)の「天気痛外来」で診療を行っている。

スマホの使いすぎが悪化に拍車

気温や湿度の変化も要注意

気象病は気圧だけでなく、気温や湿度も影響すると前出の久手堅さんは語る。
「湿度が高いと夏の熱中症のリスクを高めますし、これからの季節なら寒暖差は体調不良を招きやすいです。前日より気温が5℃下がると、冷え性、アレルギー、ぜん息、頭痛、めまい、肩こりなどを発症したり悪化したりします」

治療は薬剤と生活指導

気象病はどう治療するのか、久手堅さんが解説する。
「低気圧で頭痛や関節痛、肩こり首こりなどの症状が悪化する人なら、薬物療法として抗めまい薬、漢方薬、ビタミン剤などを処方しますが、姿勢が悪くて症状がひどい人が多いので、生活指導や運動指導を行います」
スマホで姿勢が悪くなると体の不調も

スマホで姿勢が悪くなると体の不調も

「姿勢が悪くなる原因のひとつがスマホの使いすぎです。片手に持ったスマホを覗き込みながら操作すると、体がゆがみ、首の筋肉に負担をかけ、それが自律神経の不調を招きます。スマホの長時間使用からくる自律神経の不調は、検査では説明できないような症状を多々引き起こすのです」

気象病の患者は1000万人!?

「医療機関を渡り歩いても良くならなかった人も、私のクリニックで1、2回診療しただけで半数以上が改善しています。気象病患者は一説に1000万人いると言われていますが、診療できる医療機関は私のクリニックを含めて全国に数軒だけです」(久手堅さん)
「気象病の患者さんは増加傾向です」

「気象病の患者さんは増加傾向です」

「気象病を通じて、様々な体調不良の原因が判明し、今まで改善できなかった患者さんを治療することができています。昨今の気象状況、生活環境を考えると、今後も気象病の患者さんが減ることはないでしょう。気象病を改善するためにも、積極的に情報発信できたらと思っています」(久手堅さん)
台風や大雨、寒暖差などで体調を崩したり、持病が悪化するようなら、それは気象病かもしれない。あなたは大丈夫ですか?