気象アーカイブス(29)

43年前の8月、東京の多摩川も決壊していた!

写真:時事
写真:時事
2017年7月、福岡県の朝倉市などで大きな被害をもたらした河川の氾濫。今から43年前には、東京都と神奈川県の境を流れ、東京湾に注ぐ多摩川の堤防が決壊し、19戸の民家が流失した。堤防が決壊したのは意外な原因だった。

堤防を洗屈(せんくつ)した宿河原堰

多摩川決壊の碑

東京・新宿から小田急小田原線の各駅停車に乗って30分ほどで和泉多摩川駅に着く。
和泉多摩川駅は新宿から30分ほど
和泉多摩川駅は新宿から30分ほど
駅から南に5、6分歩くと多摩川の堤防に出る。堤防の手前には住宅が立ち並び、堤防上につくられたサイクリングロードはときおり自転車が走り、河原の草原では子供たちが野球をしている。のどかな光景だ。
堤防の内側には住宅が並ぶ
堤防の内側には住宅が並ぶ
河原は市民の憩いの場になっている
河原は市民の憩いの場になっている
河原に降りて下流側に向かうと、高さ1m足らずの三角錐(さんかくすい)が設置され、そこには「多摩川決壊の碑」と書かれている。この碑がある場所こそ多摩川決壊が始まった地点だった。
多摩川決壊の碑
多摩川決壊の碑

多摩川上流で豪雨

1974年8月31日19時頃、多摩川上流は前夜から降っていた雨が豪雨に変わった。本州の南岸にある台風16号が関東地方に停滞する前線を刺激したのだ。
9月1日、多摩川上流の小河内ダム(おごうち)では貯水量が限界を越え、通常の35倍の毎秒700t(最高時)の放流を始めた。「防災の日」のこの日、東京・狛江(こまえ)市の消防署・消防団・市職員は予定していた防災訓練を中止し、目に見えて増え続ける多摩川の水位を注視していた。

水流を妨げた宿河原堰

9月1日14時頃、狛江市猪方地先(いのがたちさき)に設けられた内堤防が、勢いを増した水流に耐えられずに崩れた。河原の児童遊園地やテニスコートを守るための内堤防だった。
内堤防が崩れたのは、高さ約2mの二ヶ領宿河原堰(にかりょうしゅくがわらぜき)に妨げられた水流が迂回流となって左岸の内堤防を直撃したからだ。宿河原堰は右岸の二ヶ領用水取水口に水を導くために設けられたものだった。ちなみに二ヶ領用水は神奈川県川崎市内を流れる全長32kmの人工用水路だ。
今は改修された二ヶ領宿河原堰
今は改修された二ヶ領宿河原堰

本堤防も決壊した

地元の消防署や消防団に加えて警察なども出動し、崩れた内堤防に土嚢(どのう)などを積んで水流を防ぐが、水の勢いは増すばかり。
水流は住宅地を削り取った
水流は住宅地を削り取った
9月1日21時45分、河原を削った水流は本堤防の土台を削り(洗掘)、本堤防は長さ5mにわたって決壊。本堤防の傷口はみるみる広がって水流は宅地を浸食し、翌朝までに10戸が多摩川の濁流に呑み込まれた。
濁流は左岸の住宅地を大きく削り取った 写真:時事(東京消防庁提供)
濁流は左岸の住宅地を大きく削り取った
写真:時事(東京消防庁提供)