再開発が進む東京の日本橋地域。有数の人気スポットの一つだが、ランドマークと言うべき「日本橋」は頭上に首都高速道路が通り、かつての面影が失われている。日本橋に空を取り戻そうという動きが広がっている。
日本橋をまたいだ首都高
首都高は未来の象徴だった
日本を代表する百貨店、三越(現・三越伊勢丹)の社長・会長を務め、今は名橋「日本橋」保存会会長の中村胤夫(たねお)さん(80歳)が三越に入社したのは1961(昭和36)年だった。三越本店は日本橋の目と鼻の先にある。当時の日本橋を振り返る。
「日本橋が架かっている日本橋川はヘドロが堆積(たいせき)して真っ黒で、橋を渡ると悪臭が鼻につきました。東京オリンピック(1964年)を前に、日本橋の上に首都高速道路(首都高)が通るというので、これで便利になると期待するところがありました」
当時は、空中で高架道路が交差し、そこを車が疾走するという未来都市の絵をイメージしていたと中村さんは付け加える。
日本橋から空が消えた!
しかし、東京オリンピック前年の1963(昭和38)年に首都高環状線が日本橋の上に架かると風景は一変した。
「首都高の工事が進み、やがて日本橋の上に延びると首都高の影に覆われ、日本橋から空が消えたのです。首都高は日本橋川の上に建設されたため、陽が射さなくなった川はますます汚れました」と中村さんは回顧する。
中村さんは、支店勤務などで日本橋にいなかった10年を除いて、これまで日本橋を56年間見続けてきた。
土地収用の必要がなかった川
日本橋川は、神田川から分岐し、隅田川に流入する全長4.84kmの1級河川だ。JR水道橋駅西口付近で神田川から真南に分岐するとすぐに首都高5号池袋線の高架下になる。さらに雉子橋(きじばし)を通過すると首都高環状線の高架下となり、川面が開けるのは、日本橋を通過して隅田川に流入するまでの500m弱しかない。
東京オリンピックを前に、急がれていた首都高建設は、土地収用が必要ない河川の上を通すのが手っ取り早かったのだ。
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