日に日に「夏めく」ころ
夏らしくなることを「夏めく」といいます。立夏から始まった夏が、さらに夏らしくなってくるのが小満のころです。吹く風や草木の様子はもちろん、人の装いやちょっとした気配などにも夏らしさが感じられるようになります。
「夏めく」は夏の季語でもあって、生命力や活力に満ちた夏の到来を喜ぶ気持ちをこめて使われる場合もあります。
小林一茶の庇護者としても知られる、江戸時代後期の俳人、夏目成美(なつめせいび)は、次のような句を詠みました。
〜夏めきて人顔見ゆるゆふべかな〜
夕刻に出会った人の顔に、どこかしら夏めいたものを感じたのでしょうか。
「夏めく」は夏の季語でもあって、生命力や活力に満ちた夏の到来を喜ぶ気持ちをこめて使われる場合もあります。
小林一茶の庇護者としても知られる、江戸時代後期の俳人、夏目成美(なつめせいび)は、次のような句を詠みました。
〜夏めきて人顔見ゆるゆふべかな〜
夕刻に出会った人の顔に、どこかしら夏めいたものを感じたのでしょうか。
わずかに暑さを感じる「薄暑(はくしょ)」
猛暑、酷暑、炎暑、厳暑、激暑(劇暑)……夏の猛烈な暑さを表す言葉はたくさんあります。文字を見るだけで、うだるような真夏の暑さを連想することができます。しかし、激烈な暑さを好む人は、決して多くはないでしょう。
一方で、初夏の暑さは快いものです。小満の時季などの暑さを表す言葉に「薄暑」があります。歩くとわずかに汗ばむぐらいの初夏の暑さを指す言葉です。
明治時代半ば生まれの小説家で劇作家、俳人の久保田万太郎(くぼたまんたろう)に、次の一句があります。
〜べんたうのうどの煮つけも薄暑かな〜
弁当のおかずのウドの煮つけに初夏を感じているのでしょう。
一方で、初夏の暑さは快いものです。小満の時季などの暑さを表す言葉に「薄暑」があります。歩くとわずかに汗ばむぐらいの初夏の暑さを指す言葉です。
明治時代半ば生まれの小説家で劇作家、俳人の久保田万太郎(くぼたまんたろう)に、次の一句があります。
〜べんたうのうどの煮つけも薄暑かな〜
弁当のおかずのウドの煮つけに初夏を感じているのでしょう。
「麦秋」は秋ではなく、初夏
「麦秋」は「ばくしゅう」とも「むぎあき」とも読みます。「麦の秋」ということもあります。「秋」という字が入っていることから、文字どおり、秋のことではないかと思う人もいそうですが、この場合の秋は「穀物の収穫の時期」のこと。初夏は麦が穂をつけ、豊かに実るころで、麦秋はまさに小満と重なる時季です。
正岡子規に師事した、俳人で小説家の高浜虚子(たかはまきょし)は次の句を詠んでいます。
〜雨二滴日は照りかへす麦の秋〜
雨粒が二滴降ってきた。しかし、日差しは照り返している。そこに初夏の暑さを感じたのでしょうか。
正岡子規に師事した、俳人で小説家の高浜虚子(たかはまきょし)は次の句を詠んでいます。
〜雨二滴日は照りかへす麦の秋〜
雨粒が二滴降ってきた。しかし、日差しは照り返している。そこに初夏の暑さを感じたのでしょうか。
本格的な梅雨の前に訪れる「走り梅雨(づゆ)」
梅雨入りする前の5月の末ごろ、梅雨を思わせる、ぐずついた天気が続くことがあります。これを「走り梅雨」といいます。そのまま本格的な梅雨に入ることもありますが、一度、回復することが多いようです。
明治時代半ば生まれで、高浜虚子に師事した俳人、水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)の次の一句を紹介しましょう。
〜走り梅雨水声(すいせい)町をつらぬける〜
「水声」は水の流れる音のことで、この句の場合、町を貫いて流れる川音を指します。梅雨入りを控えた小さな町の様子がうかがえます。
本格的な梅雨、そして、本格的な夏が来る前の初夏の日々。小満はそうした時季です。心地のよいこの時季を、街や公園、海や山などで満喫したいものです。
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明治時代半ば生まれで、高浜虚子に師事した俳人、水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)の次の一句を紹介しましょう。
〜走り梅雨水声(すいせい)町をつらぬける〜
「水声」は水の流れる音のことで、この句の場合、町を貫いて流れる川音を指します。梅雨入りを控えた小さな町の様子がうかがえます。
本格的な梅雨、そして、本格的な夏が来る前の初夏の日々。小満はそうした時季です。心地のよいこの時季を、街や公園、海や山などで満喫したいものです。
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