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富士塚で、富士登山を疑似体験 ご来光を拝める場所も

2021/12/30 08:29 ウェザーニュース

富士塚をご存じでしょうか。神社や公園などに設けられた富士山型の小さな築山のことです。ほとんどが江戸時代の造営で、東京都を中心に埼玉県、神奈川県などに多く残っています。最近では、この富士塚にお参りすることがプチブームとなっているそうです。

『町田忍の縁起物のひみつ』(天夢人刊)の著者で、庶民文化研究の第一人者である町田忍さんに詳しく伺いました。

富士登山を疑似体験?

江戸時代、一般庶民には旅を楽しむ余裕などありません。一生に一度、神奈川県伊勢原市の大山へ参拝(大山詣り)できれば、長屋で自慢できたほどでした。

そんななかで富士山詣りなどは、夢のまた夢。富士講に入って何年もかかってお金を貯め、余裕のある人だけが旧暦6月1日の山開きの日に集団で登山していました。

富士塚は富士山に行けない人のため、その代償行為として造営されるようになったそうです。「富士山に擬した小さな山=富士塚」というわけです。

「近代、土地利用の関係でつぶされた富士塚もありますが、今でも都内だけで120基前後の富士塚が確認されています。高さ数メートルから十数メートルで、ミニチュア富士などと呼ばれて人気があり、一種の史跡になっています。

おもしろいのは、本当に富士登山が疑似体験できる点。多くは富士山の溶岩が運ばれて置かれ、頂上には小さな浅間神社を勧請した祠があります。

“登山道”には『二合目』『三合目』などと道標があり、実際の富士山のように洞穴や入行した食行身禄の洞窟、烏帽子岩なども設けられています。クマザサなどが植えられ。植生を擬した富士塚さえあります」(町田さん)
富士登山を疑似体験

江戸時代の一番人気は目黒新富士

かつて富士塚の頂からは実際に富士山が遠望できるところが多く、東京湾などのご来光を拝める地勢的条件が揃っていたといいます。

「江戸時代に人気だったのは、目黒区上目黒一丁目の目切坂上にあった目黒新富士。ここは富士山ビューポイントでは江戸でも一、二を争う場所でした(浮世絵参照)。

東京都北区の飛鳥山などからも富士山全形が遠望できたそうですから、目黒新富士はかなりの眺望だったのではないでしょうか。

残念ながらこの目黒新富士は、近代なって壊されてしまいました。現在は目黒新富士跡が史跡となっています」(町田さん)
名所江戸百景 目黒新富士 (歌川広重)

東京23区で参拝するなら、まずは品川富士へ

現在、実際にご来光を拝めたり、富士山が見える富士塚はあるのでしょうか?

「残念ですが、ビルが林立して23区内では富士山が見える富士塚は少ないと思います。ご来光に関しては、ビルや家々の間からですが、見ることができます。一番のおすすめは品川神社の境内にある品川富士です。

高さ約15mの23区内で一番高い富士塚で、周囲に登山道がとりまき、頂上からはビル群の間からですが、ご来光がしっかり見えます。15mといえば、ビルにして5階の高さ。なかなかのものですよ」

「厳密に富士塚といえるかは、議論の余地がありますが、府中市の浅間山公園の頂上からはきれいに富士山が望めます。関東富士見百景にも選ばれている場所ですからね。ここは高さ80mほどの小山で、頂上に浅間神社が置かれています。いわば自然の富士塚といえなくもありません」(町田さん)

富士山やご来光が望めないとしても、がっかりすることはありません。富士塚は見立て富士。パワースポットとして考えれば、登る価値は十分にあると町田さんは話します。

「大切なのは案内板をしっかりと読んで、実際の富士登山と同じように食行身禄の洞窟などにはきちんとお参りをすることです。一歩一歩足を踏みしめ、歴史に思いを馳せながら登りましょう。頂上の浅間神社で心を込めてお参りすれば、御利益はあります」(町田さん)

富士塚は最高のパワースポット

江戸七富士
都内に120ヵ所も残っている富士塚ですが、ここでは品川富士をはじめ江戸時代に「江戸七富士」と呼ばれた富士塚を紹介しましょう。

多くが重要有形民俗文化財に指定され、それぞれに地域の歴史が刻まれた“史跡”です。

富士塚“登山”、富士塚散歩のとっかかりとしては最適のスポットになります。富士塚巡りはプチブーム。年末年始にぜひ訪れてみてはいかがですか。

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