天候の「春雨」に似た様子が由来
「天候の春雨を季語に詠んだ句は多く、『春雨や蓬(よもぎ)をのばす艸(くさ)の道』(芭蕉)や『春雨やゆるい下駄借す奈良の宿』(蕪村)、『宇治川やほつりゝと春の雨』(子規)などが知られています。天候と食べものの春雨、双方を想起させる句としては鈴木花蓑(はなみの)の『もつれつゝとけつゝ春の雨の糸』があります。
江戸後期から幕末にかけて流行し、小唄や歌沢(うたざわ)の母体となった端唄(はうた)にも『春雨』(作詞は柴田花守、作曲は長崎・丸山遊郭の遊女とされる)という曲があり、『春雨にしっぽり濡るるうぐいすの……』と歌われています。
食べものの春雨は、1937(昭和12)年に、日本で初めて国産春雨を製造した森井食品(奈良県桜井市)が名付け親とされています。製造過程でじょうろ状の穴から押し出されてくる時の様子が、天候の春雨のようだというところから名付けたそうです。
春雨という言葉は艶(つや)やかさ、情の細やかさ、静けさ、しっとりとした趣をもっており、白く細く、はかなげな感のある麺状の食べものをそう名付けたことに、いかにも日本人ならではの情緒、風情が感じられます。
春の食べものにはほかにも、朧(おぼろ)、朧月、朧月夜などから『おぼろ昆布』、野原に咲く菜の花に見立てた『菜種たまご』、またその頃降る雨を『菜種梅雨(なたねづゆ)』と呼ぶなど、春の季節の移り変わりを感じさせる天候や花に由来するものがあり、心魅かれるものがあります」(北野さん)
江戸後期から幕末にかけて流行し、小唄や歌沢(うたざわ)の母体となった端唄(はうた)にも『春雨』(作詞は柴田花守、作曲は長崎・丸山遊郭の遊女とされる)という曲があり、『春雨にしっぽり濡るるうぐいすの……』と歌われています。
食べものの春雨は、1937(昭和12)年に、日本で初めて国産春雨を製造した森井食品(奈良県桜井市)が名付け親とされています。製造過程でじょうろ状の穴から押し出されてくる時の様子が、天候の春雨のようだというところから名付けたそうです。
春雨という言葉は艶(つや)やかさ、情の細やかさ、静けさ、しっとりとした趣をもっており、白く細く、はかなげな感のある麺状の食べものをそう名付けたことに、いかにも日本人ならではの情緒、風情が感じられます。
春の食べものにはほかにも、朧(おぼろ)、朧月、朧月夜などから『おぼろ昆布』、野原に咲く菜の花に見立てた『菜種たまご』、またその頃降る雨を『菜種梅雨(なたねづゆ)』と呼ぶなど、春の季節の移り変わりを感じさせる天候や花に由来するものがあり、心魅かれるものがあります」(北野さん)
原料は日本と韓国ではイモ澱粉、中国では緑豆澱粉が主流
各国の「春雨」の原料はどのようなものなのでしょうか。
「中国産の春雨は、インド原産とされる緑豆(りょくとう)の澱粉(でんぷん)、日本のものは、ジャガイモやサツマイモの澱粉が主流です。
緑豆澱粉から作る中国の春雨は、細くて光沢があり、コシがあって煮崩れしません。イモ澱粉から作る日本の春雨は、中国産に比べると太く煮崩れしやすい一方、味が染み込みやすく、煮物や鍋物に向いています。
中国では、春雨は1000年以上前に生まれたとされています。6世紀に成立した中国に現存する最古の農業技術書『斉民要術(せいみんようじゅつ)』には、『粉餅(フエンピン)』の名で、緑豆の粉を用いた製法が載っているとされています。山東省が名産地ですが各地で作られ、消費量の大きな食品です。
日本には鎌倉時代に、禅僧が精進料理の食材として、大陸から伝えたといわれています。日本での緑豆の用途は主として『豆萌(まめもやし)』として利用することでした。昔は日本でも栽培されていましたが、農林水産省によると現在はすべて輸入されており、国産の緑豆はありません。
緑豆が日本の記録に現れるのは江戸時代になってからで、文豆(ぶんどう)または八重成(やえなり)と呼ばれていました。『料理物語』(1643年)に載っている『ぶんどう』が最も古いとされ、『合類日用料理指南抄』(1689年)に、緑豆澱粉の採集方法が載っています。さまざまな羊羹(ようかん)の製法を記した『菓子話船橋』(1841年)には、『八重成羹(やえなりかん)』ともあるようです。
鎌倉時代には日本に伝わっていたはずの春雨は、長い間根付きませんでした。いずれかの時代に“名も無き人”が密かに緑豆澱粉を用いた春雨を作っていた可能性はありますが、1937年まで国産の春雨が作られなかったというのは興味深いことです」(北野さん)
「中国産の春雨は、インド原産とされる緑豆(りょくとう)の澱粉(でんぷん)、日本のものは、ジャガイモやサツマイモの澱粉が主流です。
緑豆澱粉から作る中国の春雨は、細くて光沢があり、コシがあって煮崩れしません。イモ澱粉から作る日本の春雨は、中国産に比べると太く煮崩れしやすい一方、味が染み込みやすく、煮物や鍋物に向いています。
中国では、春雨は1000年以上前に生まれたとされています。6世紀に成立した中国に現存する最古の農業技術書『斉民要術(せいみんようじゅつ)』には、『粉餅(フエンピン)』の名で、緑豆の粉を用いた製法が載っているとされています。山東省が名産地ですが各地で作られ、消費量の大きな食品です。
日本には鎌倉時代に、禅僧が精進料理の食材として、大陸から伝えたといわれています。日本での緑豆の用途は主として『豆萌(まめもやし)』として利用することでした。昔は日本でも栽培されていましたが、農林水産省によると現在はすべて輸入されており、国産の緑豆はありません。
緑豆が日本の記録に現れるのは江戸時代になってからで、文豆(ぶんどう)または八重成(やえなり)と呼ばれていました。『料理物語』(1643年)に載っている『ぶんどう』が最も古いとされ、『合類日用料理指南抄』(1689年)に、緑豆澱粉の採集方法が載っています。さまざまな羊羹(ようかん)の製法を記した『菓子話船橋』(1841年)には、『八重成羹(やえなりかん)』ともあるようです。
鎌倉時代には日本に伝わっていたはずの春雨は、長い間根付きませんでした。いずれかの時代に“名も無き人”が密かに緑豆澱粉を用いた春雨を作っていた可能性はありますが、1937年まで国産の春雨が作られなかったというのは興味深いことです」(北野さん)
中国や韓国でも「春雨」は通じる?
中国や韓国では「春雨」はどのように呼ばれているのでしょうか。
「中国で『春雨』といっても通じません。細いものは『粉絲(フエンシー/ファンシー)』、やや太いものは『粉条(フエンテイヤオ/ファンデュウ)』、円形のものは『粉皮(ファンペイ)』といいます。
韓国では『タンミョン』です。サツマイモ澱粉から作るのが主流で、日本で市販されている春雨よりも細くて長い形状です。日本に比べて食される機会は多いので、500g入りなど一袋の量が多く、市場で量り売りされています。メーカーもたくさんあります。
春雨を使う料理としては、最もよく食べられるのがチャプチェです。ほかにもプルコギに入れたり、鍋に入れたりします」(北野さん)
日本人ならではの感性で、自然現象の特性をとらえて名付けられた「春雨」。引き籠りがちな日々ですが、窓の外にしとしとと降る春の雨に風情を感じつつ味わってみてはいかがでしょうか。
» ウェザーニュース記事一覧
「中国で『春雨』といっても通じません。細いものは『粉絲(フエンシー/ファンシー)』、やや太いものは『粉条(フエンテイヤオ/ファンデュウ)』、円形のものは『粉皮(ファンペイ)』といいます。
韓国では『タンミョン』です。サツマイモ澱粉から作るのが主流で、日本で市販されている春雨よりも細くて長い形状です。日本に比べて食される機会は多いので、500g入りなど一袋の量が多く、市場で量り売りされています。メーカーもたくさんあります。
春雨を使う料理としては、最もよく食べられるのがチャプチェです。ほかにもプルコギに入れたり、鍋に入れたりします」(北野さん)
日本人ならではの感性で、自然現象の特性をとらえて名付けられた「春雨」。引き籠りがちな日々ですが、窓の外にしとしとと降る春の雨に風情を感じつつ味わってみてはいかがでしょうか。
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参考資料など
『つれづれ日本食物史 第一巻』(川上行藏/東京美術)、『図説 江戸料理事典』(松下幸子/柏書房)、『中国料理用語辞典』(井上敬勝編/日本経済新聞社)、『点心とデザート』(大阪あべの辻調理師専門学校 市川友茂/柴田書店)、奈良新聞連載「出会い大和の味」、朝日新聞連載「西川和尚のらくらく精進料理」