facebook line twitter mail

チョコッと知っておきたい!日本でバレンタインデーが始まったのはいつから?

2021/02/14 05:52 ウェザーニュース

2月14日はバレンタインデーです。

長く女性から男性への愛の贈りものという位置付けでしたが、ここ数年は、「頑張っている自分へのご褒美」や、仲の良い女友達、女子会仲間へチョコレートをプレゼントするという流れも見られます。

しかし、その起源や意味などについては知らない人も多いのではないでしょうか。詳しい話を歳時記×食文化研究所の北野智子さんに伺いました。

バレンタインデーの始まりはローマ帝国

バレンタインデーのそもそもの起こりは3世紀のローマ帝国だそうです。

「当時の皇帝クラウディウス2世は強兵策のため、兵士の結婚を禁止していました。これに反対したバレンタイン司祭は、皇帝の命に反し、兵士たちを結婚させたため、皇帝の怒りを買い、処刑されたのです。その殉教の日が西暦270年2月14日で、バレンタイン司祭は、「聖バレンタイン」として崇敬を集めるようになり、この日はローマカトリック教会の祭日とされています。

この聖バレンタインの日は、司祭の死を悼む宗教的な行事だったのですが、14世紀頃からは、若者たちが愛の告白をしたり、プロポーズの贈りものをする日になっていったと伝わっています。」(北野さん)

日本のバレンタインデー始めとは

では、日本のバレンタインデーはいつ、どのように生まれたのでしょうか?

「それは、みんながよく知っているブランドのモロゾフが昭和7年(1932)に始めたとされています。

モロゾフは、神戸モロゾフ製菓として昭和6年に生まれました。それは、ロシア革命を逃れて日本に亡命し、神戸でチョコレートの店を開いていた菓子職人のフィヨドル・ドミトリー・モロゾフに、初代社長が出資をしたことがはじまりです。

この時代、ギフトチョコレートといえばスイスやイギリスの輸入物だけでしたが、初代は、この頃まだ珍しかったファンシーチョコレートやキャンデーを美しいパッケージに詰め合わせて販売したところ、モダンで高級な贈りものとして、人々が憧れるお菓子となりました。

さらにモロゾフは、新しい文化を根付かせようと、翌年の昭和7年2月のバレンタインデーに、チョコレートを贈る欧米の習慣を日本で初めて紹介しました。チョコレートを、愛とロマンに満ちた菓子として広めたのですが、当時の日本ではとても画期的なことだったでしょう」(北野さん)

日本で初めてチョコレートを食べたのは?

日本にチョコレートが伝来したのは江戸時代とされています。日本チョコレート・ココア協会によると、チョコレートに関する最も古い記録は1797年で、処は長崎。当時の外国との交易の窓口、長崎の遊女町だった丸山町・寄合町の「寄合町諸事書上控帳」にその記録があるのです。

「寄合町の大和路という遊女が、出島の阿蘭陀人から貰い受けて届け出た品物の中に、『しょくらあと 六つ』という記載があるといいます。ほぼ同時期の1800年に刊行された『長崎見聞録』にも、『しょくらとを』として紹介されています。

『しょくらとをハ。紅毛人ノ持渡ル腎薬ニテ。形獣角ゴトク。色阿仙薬ニ似タリ。其味ヒハ淡ナリ。』

これによると、その頃のオランダ人はチョコレートを薬としていて、その形状は獣の角の形で、味わいは淡かったのです。続いてチョコレートの食し方が載っていて、飲用されていたのだといいます。その製法は、熱湯の中に角状のチョコレートを三分削り入れ、卵1個と砂糖少々を加え、茶筅(ちゃせん)で茶を点(た)てるがごとくかき混ぜるのだというのです。

長崎の遊女町から外へ出ることさえ叶わなかった一人の遊女が、馴染み客の紅毛人にもらった「しょくらあと」。それは珍品というだけでなく、遠い異国への憧憬を抱かせる宝石のようなものだったのではないでしょうか。そんな哀しくも愛らしい、淡く甘苦い浪漫溢れる歴史が込められた味でもあったのではないかと思います」(北野さん)

3世紀までさかのぼるバレンタインの起源。長い歴史の中で、形を変えながらバレンタインの文化が根づいていったようです。

「本命チョコ」や「義理チョコ」「家族チョコ」「友チョコ」「マイチョコ」など、誰もが楽しめるようになった日本のバレンタインデー。コロナ禍で落ち着かない日常が続きますが、甘いチョコでほっと一息つくのも良いかもしれません。
>>ウェザーニュース記事一覧