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「亀鳴く」という春の季語を知っていましたか?

2020/04/19 05:21 ウェザーニュース

人気テレビ番組などの影響もあって、いま俳句はちょっとしたブームになっています。俳句といえば季語が欠かせません。季語とはいうまでもなく季節を表わす言葉で、こうした四季の事物や年中行事などをまとめたのが歳時記。現代では5000以上の季語が収録されています。

その中で春の季語といえば「さくら」や「菜の花」「うぐいす」「入学」などが知られていますが、「亀鳴く」という季語も存在するのです。この首をかしげたくなる季語について日本経済新聞社編集委員で俳人の中澤豆乳さんに伺いました。

由来は鎌倉時代にある?

「『亀鳴く』は春の季語として多くの作例があります。私の感覚では晩夏か初秋の何だか物寂しい印象が浮かぶ季語ですが、俳句歴40年の先輩俳人は『春だよ。僕は春を感じるな。でも春らしい、のどかな句は意外に少ないんだ』と解説します。

亀はもともと声帯などの発声器官を持たないから“声の心で聴く”というのでしょう。その感性の何と広々として情感にあふれていることか。ちまちました感慨や、ありふれた情景を苦心惨憺して、あるいはお手軽に十七文字に落とし込んでいく凡人の俳句作法とは対極の豊かなイマジネーションの飛躍があると思います」(中澤さん)

季語の「亀鳴く」をみてみると、ルーツは何百年もさかのぼることができるといいます。実際にはありえない事象を想像力で実景に感じさせてしまう日本人の豊かな感性の証として知っておきたい季語といえます。

「『亀鳴く』の由来とされるのが、藤原為家の『川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり』が有力とされています。鎌倉後期の1310年ごろに成立した類題和歌集『夫木和歌抄』に収められていて、これを原典とする研究が多くなっているのです。

為家の想像力は実に素晴らしい。朧(おぼろ)の夕闇の中、得体の知れないささやかな鳴き声が聞こえてきます。虫かネズミか小鳥のさえずりか、いや違う。そうだ、亀だ。亀が這い出してきて池の石の上で鳴いている……」(中澤さん)

為家のおかげで、このユニークな季語が市民権を得て、これまでおびただしい句が詠まれてきたそうです。

どんな句が詠まれたのか

「『亀鳴く』の句を鑑賞してみましょう。『亀鳴くや月暈(げつうん)を着て沼の上』(村上鬼城)。月の周りの輪状の光のハレーションを浴びて静謐(せいひつ)にたたずむ亀のシルエット。幻想的で美しい。鬼城は「亀鳴く」がお好みなのか、こんな句もあります。『亀鳴くと噓をつきなる俳人よ』。自虐がコミカルで愉快な句となっています。

鈴木真砂女もよく亀を鳴かせています。『亀鳴くや独りとなれば意地も抜け』『つぶやきを亀に移して鳴かせける』『亀鳴くや心の流転(るてん)とめどなし』。春愁の句なのでしょうが、私は老いの哀しみを感じます」(中澤さん)

「最後の句は、時節柄から採り上げてみました」と中澤さん。「亀鳴く」という句から深い意味が伝わってきます。

 亀鳴くに聞き入り無聊(ぶりょう)慰むる(上田五千石)
 亀鳴くや身体のなかのくらがりに(桂信子)
 亀鳴けり人老いて去り富みて去り(鷹羽狩行)
 亀鳴くごとき呼吸咽喉にあり(森澄雄)

鳴くことのない亀を鳴かせて多くの秀句が詠まれてきました。日本人は四季折々の心情を五七五の17音に託すという文芸を発見したのです。この春は世界が大きな困難に直面しています。私たちのやわらかい感性で乗り超えていきたいものです。