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夏みかんは、なぜ春に出回るの?

2019/04/03 05:59 ウェザーニュース

全国各地から桜の便りが届き、春の気配が感じられるようになりました。スーパーなどでは、甘夏(甘夏柑)や紅(べに)甘夏、新甘夏などを見かけるようになっています。

これらの果物には、いずれも「夏」の文字が入っています。いくら暖かくなってきたとはいえ、夏はさすがにまだかなり先。それなのに、どうして「夏」の果物が出回っているのでしょうか。

夏みかんを食べると、病気になる?

甘夏、紅甘夏、新甘夏のいずれも、「夏みかん」の一種です。もともとあった夏みかんが品種改良されて、甘夏などが登場しました。

その夏みかんは幕末ごろには「夏代々」(ナツダイダイ)と呼ばれ、現在の山口県萩地方で盛んに栽培されていました。しかし、明治時代の中期、萩から大阪に夏代々が出荷される際、「夏みかん」に名前が変更されます。

当時、近畿地方では中風(ちゅうふう、ちゅうぶう。脳卒中の発作の後遺症)のことを「ヨイヨイ」とも呼んでいました。「代々」は「ヨヨ」とも読めます。

そのため、夏代々を食べると、ヨイヨイ(中風)になるという風評が立ち、大阪の仲買商人から「夏みかん」に名前を変えることを勧められたのです。このとき以来、「夏みかん」という商品が普及していきました。

グレープフルーツの輸入自由化が与えた影響

グレープフルーツは昭和46年の輸入自由化で一気に大衆化した
昭和10年代から20年代の夏みかんは、5~6月に出荷されていました。この時期は初夏でもあるので、「夏みかん」の名称に違和感はありません。

戦後の昭和20年代、30年代、40年代と、多くの国民に受け入れられてきた夏みかんを取り巻く環境は、昭和46(1971)年を境に大きく変わっていきます。この年に、グレープフルーツの輸入が自由化されたからです。これ以降、夏みかんの生産と消費は減少していきました。

しかしその後、夏みかんの品種改良が進み、酸味よりも甘味が強調されるようになっていきました。甘い夏みかん、つまり、甘夏はこうした経緯の中、誕生しました。

春の味覚になっても、「夏」の文字は残った

品種改良によって、収穫時期も早まっていきました。初夏を待たず、2~3月にも出荷できるようになったのです。

しかし、もともとは夏みかん(さらにいえば、夏代々)です。「夏」の文字を外すわけにはいかず、残り続けています。もともとの酸っぱい夏みかんは、今では、ほとんど見かけなくなりましたが、甘夏などは、今も楽しむことができます。

しかし、それは「夏の味覚」というより、主に「春の味覚」になりました。それでも夏みかんであり、甘夏であるのは、品種改良されても、初夏に出荷されていた大本(おおもと)の夏みかんから派生しているからだったのです。

参考資料など

取材協力/萩夏みかんセンター
参考サイト/萩夏みかんセンター(http://hagi-natsumikan.com/)