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芭蕉の「蝉の声」はニイニイゼミ?

2018/07/16 12:01 ウェザーニュース

閑(しずか)さや 岩にしみ入る 蝉の声 芭蕉

松尾芭蕉が出羽国(山形県)の立石寺を訪れ、この句を詠んだのは、元禄2(1689)年の5月27日―今の暦では7月13日にあたります。

かつて繰り広げられた「蝉の声論争」

この蝉の声とは、いったい何ゼミの声なのか? かつて文人たちの間で論争が起きました。

歌人の斎藤茂吉はアブラゼミであると主張し、夏目漱石門下で文芸評論家の小宮豊隆はニイニイゼミだと反論したのです。茂吉は実地調査の結果、立石寺でアブラゼミが鳴くのは7月13日以降と分かり、持論を撤回して結論はニイニイゼミということになりました。

茂吉の次男で小説家の北杜夫は、著書の中で次のように書いています。

「おそらく茂吉氏は、豊隆氏からニイニイゼミと指摘されたとき、内心シマッタとも思ったのではあるまいか。しかし生来の負けずぎらいが、手間ひまをかけた蝉の調査となって現れたのかもしれない。調査しているうちに昂奮がさめてきて、自分の論拠が主観的でありすぎたことに気づいたものであろう」(『どくとるマンボウ昆虫記』)

7月13日に聞こえるのは、ニイニイゼミ

山寺芭蕉記念館の相原一士学芸員は、「この蝉の声論争のいきさつは、当記念館のパネルでも紹介しています。立石寺周辺での蝉の鳴き始めは年によって差はありますが、毎年7月13日にはヒグラシと共にニイニイゼミの鳴き声が聞かれます」と話します。

蝉は地中温が25℃になると羽化の準備を始め、ニイニイゼミは、他のセミより一足早く梅雨明け頃から現れる、といわれています。

芭蕉が立石寺を訪れたときは、梅雨明け後の夏の太陽が照りつけていたかもしれません。

参考資料など

取材先:山寺芭蕉記念館
参考文献:『どくとるマンボウ昆虫記』(新潮社、北杜夫)