米国に輸出していたビニール傘
世界で初めてビニール傘をつくったのは日本の傘メーカーの「ホワイトローズ」でした。「ホワイトローズ」の須藤宰社長が語ります。
「1955(昭和30)年、私の親父が日本で初めてビニール傘をつくったのですが、そのときは透明ではなく乳白色でした。ビニール傘は画期的でしたが、布傘のライバルになることを恐れた問屋が扱ってくれなかったので、上野や銀座で委託販売をしてもらっていました」
「1964(昭和39)年の東京オリンピックで来日した米国の大手洋傘流通のバイヤーがビニール傘に目を留め、米国に輸出することになりました。現在の透明ビニール傘が完成するのはその翌年のことでした」
「1955(昭和30)年、私の親父が日本で初めてビニール傘をつくったのですが、そのときは透明ではなく乳白色でした。ビニール傘は画期的でしたが、布傘のライバルになることを恐れた問屋が扱ってくれなかったので、上野や銀座で委託販売をしてもらっていました」
「1964(昭和39)年の東京オリンピックで来日した米国の大手洋傘流通のバイヤーがビニール傘に目を留め、米国に輸出することになりました。現在の透明ビニール傘が完成するのはその翌年のことでした」
今やビニール傘の90%は中国製
当時、ビニール傘は高価で、色や柄が印刷できるので最先端のファッションでした。一時は国内のビニール傘メーカーが50社を超え、輸出も盛んになりました。しかし、1980年代になると海外から安価なビニール傘が輸入されるようになり、今では国内で販売されているビニール傘の90%は中国製といわれます。
国内メーカーは次々姿を消して、今や国内生産のビニール傘メーカーは「ホワイトローズ」だけになってしまったのです。
国内メーカーは次々姿を消して、今や国内生産のビニール傘メーカーは「ホワイトローズ」だけになってしまったのです。
使い捨てではないビニール傘
今は「使い捨て」というイメージが強いビニール傘ですが、「ホワイトローズ」がつくるビニール傘は丈夫で長持ち、壊れたら修理も行うといいます。
「ビニールは完全防水で、透明なので前が見えて安全。傘の素材として透明ビニールは一番なのです」と須藤社長。
「ホワイトローズ」は、選挙運動に走り回る候補者用のビニール傘「シンカテール」(税別5,000円)、園遊会で美智子妃が使われる「縁結(えんゆう)」(税別8,000円)など高級ビニール傘などを開発して話題になりました。
国内生産にこだわる須藤社長によると、千葉県旭市の工場で年間1万2,000本のビニール傘を製造していますが、注文を受けても2、3ヵ月待ちということがあるそうです。
「ビニールは完全防水で、透明なので前が見えて安全。傘の素材として透明ビニールは一番なのです」と須藤社長。
「ホワイトローズ」は、選挙運動に走り回る候補者用のビニール傘「シンカテール」(税別5,000円)、園遊会で美智子妃が使われる「縁結(えんゆう)」(税別8,000円)など高級ビニール傘などを開発して話題になりました。
国内生産にこだわる須藤社長によると、千葉県旭市の工場で年間1万2,000本のビニール傘を製造していますが、注文を受けても2、3ヵ月待ちということがあるそうです。