6月1日は初めて天気予報が発表された日
6月1日は天気予報が初めて発表された日でもあります。1884(明治17)年6月1日に、東京気象台が以下の文を東京府内の派出所に掲示しました。
全国一般風ノ向キハ定リナシ天気ハ変リ易シ但シ雨天勝チ
全国的に風の向きは定まっていない。天気は変わりやすい。ただし、雨が降りがちである。……こう書かれています。
ごく簡単な予報で、「雨が降るんだろうな」といったことが、なんとなくわかる程度です。でも、天気予報が始まったことは、画期的なことでした。
全国一般風ノ向キハ定リナシ天気ハ変リ易シ但シ雨天勝チ
全国的に風の向きは定まっていない。天気は変わりやすい。ただし、雨が降りがちである。……こう書かれています。
ごく簡単な予報で、「雨が降るんだろうな」といったことが、なんとなくわかる程度です。でも、天気予報が始まったことは、画期的なことでした。
では、そもそも世界的には、天気予報はいつ始められたのでしょうか。天気予報の始まりは、天気図の始まりと密接に関わっています。そこで、天気図の始まりを見てみることにしましょう。
ナイチンゲールやカーディガン伯爵も関わった戦争
天気図の始まり、それは戦争と深く関係しています。
1853年、クリミア戦争が勃発します。クリミア戦争はオスマン帝国、イギリス、フランス、サルデーニャ(当時のイタリアの小国)の連合軍とロシアが戦った戦争です。主戦場になったのが、黒海に突き出たクリミア半島でした。
イギリスのナイチンゲールが従軍看護婦として活躍したのも、このクリミア戦争です。カーディガンを考案したイギリスのカーディガン伯爵も、クリミア戦争に参戦しています。負傷した兵士を治療するために、セーターの前を簡単に開けられるようにしたのです。
1853年、クリミア戦争が勃発します。クリミア戦争はオスマン帝国、イギリス、フランス、サルデーニャ(当時のイタリアの小国)の連合軍とロシアが戦った戦争です。主戦場になったのが、黒海に突き出たクリミア半島でした。
イギリスのナイチンゲールが従軍看護婦として活躍したのも、このクリミア戦争です。カーディガンを考案したイギリスのカーディガン伯爵も、クリミア戦争に参戦しています。負傷した兵士を治療するために、セーターの前を簡単に開けられるようにしたのです。
クリミア戦争と天気図の深い関係
1854年11月、イギリスとフランスの連合艦隊は暴風に見舞われて、大きな被害を受けました。この暴風は予測できなかったのか――。最新鋭の軍艦が沈没してしまったフランス政府は、暴風の調査をさせることにしました。
指示を受けた天文台長は、ヨーロッパ各地の観測所から気象記録を取り寄せて天気図を作成し、暴風について分析。それによって、嵐は移動するものだとわかりました。
天気図とは、かくも重要なものなのか――。そう認識するに至ったフランス政府は、クリミア戦争終結の7年後、日々の天気図の公刊を開始しました。それ以降、天気予報のもとになる天気図の作成が始められることになったのです。
こうして見てみると、天気予報のもとは天気図で、その天気図の作成はクリミア戦争に端を発していることがわかります。戦争が天気予報を生み出し、発展させたといえそうです。
指示を受けた天文台長は、ヨーロッパ各地の観測所から気象記録を取り寄せて天気図を作成し、暴風について分析。それによって、嵐は移動するものだとわかりました。
天気図とは、かくも重要なものなのか――。そう認識するに至ったフランス政府は、クリミア戦争終結の7年後、日々の天気図の公刊を開始しました。それ以降、天気予報のもとになる天気図の作成が始められることになったのです。
こうして見てみると、天気予報のもとは天気図で、その天気図の作成はクリミア戦争に端を発していることがわかります。戦争が天気予報を生み出し、発展させたといえそうです。
戦時中、天気予報はなかった
日本から天気予報が“消えた”時期があります。これにも戦争が関係しています。
1941年12月8日、日本は真珠湾への奇襲攻撃を行いました。この日をもって太平洋戦争が始まり、それとともに、日本の天気予報はなくなりました。戦時下であることを理由に、気象情報は重要な軍事機密になったのです。
そのため、戦時中は台風による被害で多くの人が犠牲になったこともあります。天気予報に接することができず、台風が接近していたことにも気がつかなかったのでしょう。
近代日本には天気予報という恩恵がもたらされましたが、一方では、戦争との関わりで不幸な歴史があったことも知っておきたいものです。
1941年12月8日、日本は真珠湾への奇襲攻撃を行いました。この日をもって太平洋戦争が始まり、それとともに、日本の天気予報はなくなりました。戦時下であることを理由に、気象情報は重要な軍事機密になったのです。
そのため、戦時中は台風による被害で多くの人が犠牲になったこともあります。天気予報に接することができず、台風が接近していたことにも気がつかなかったのでしょう。
近代日本には天気予報という恩恵がもたらされましたが、一方では、戦争との関わりで不幸な歴史があったことも知っておきたいものです。
参考資料など
気象庁「気象庁の歴史」(http://www.jma.go.jp/jma/kishou/intro/gyomu/index2.html)、気象庁「気象記念日」(http://www.jma-net.go.jp/sapporo/bousaikyouiku/mamechishiki/kishoukinenbi.html)、『お天気キャスター森田さんの天気予報がおもしろくなる108の話』(森田正光、PHP研究所)、『「なぜ?」がわかる世界史 近現代』(浅野典夫、学研教育出版)