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アルピニスト・野口健さんが被災者にテントを送った理由

2018/04/14 07:44 ウェザーニュース

2016年4月の熊本地震で、最大600人のテント村(熊本県益城町運動公園)を開設したアルピニストの野口健さんに緊急避難支援のあるべき姿と避難テントのメリットについて話を聞きました。

手探りで始めたテント村開設

様々な地域の人たちの力を結集

Q熊本地震支援のきっかけは?


「2015年4月25日、ヒマラヤ遠征中にネパール大地震に遭遇しました。ちょうど標高4500mの斜面をトラバース(横に移動)していたときです。何とか無事生還することができましたが、ネパールが大きな被害を受けたため、帰国後すぐに『ヒマラヤ大震災基金』を立ち上げました。その1年後に熊本地震が発生しました。

それを知った知り合いのシェルパたちが『日本人に恩返しがしたい』と日本円にして1人3万円、5万円と送ってくれたのです。5万円なんてネパールで月収に相当する大金。みんな前年に被災し、生活の立て直しも今後の収入もメドも立っていない段階で、そんな大金を送ってきてくれたのです。そういう方々に背中を押され、熊本で本格的に支援活動をする覚悟が決まりました」

Qどうしてテントを送ろうと思ったのですか


「熊本地震では避難所に入れず、車中泊を余儀なくされている人たちがいると報道で知ったためです。車中泊はエコノミー症候群と隣り合わせ。テントがあれば足を伸ばして寝てもらうことができると思ったのです。ネパール地震の経験も大きかったですね。建物は余震で倒れるリスクがあり、日本と違い仮設住宅などが望めない国で、『ヒマラヤ大震災基金』で支援した大型テントが『生き延びるためのベース』として非常に役に立っていたのを実感していました」

子どもたちの笑い声が避難所を明るくする

Qテントはどう集めたのですか


「ブログやツイッターでの呼びかけを見た方々からたくさんのテントが送られてきました。テントメーカーも協力してくれました。被災直後の被災地に民間の車は入れないのですが、『届ける方法を探しています』とツイッターでつぶやくと、岡山県総社市の片岡聡一市長が『お引き受けします』とすぐ応えてくださいました」

Qテント設営で大変だったことは


「いざテント村を設置するとなると『誰を対象にするか』が大きな問題になりました。当初、避難所に入れず、車中泊をしている方々を対象に考えていましたが、人数すら定かではありませんでした。とにかくテントを設置した益城町の陸上グラウンドの近くに車を止めていた方々に声をかけました」

難民キャンプと日本の避難所の違いとは

テントは広さも高さも十分にある

Q避難テントに国際的基準があるそうですね


「『スフィア基準』というものがあります。1994年ルワンダ大虐殺の際、難民問題に十分に対応出来なかった反省から、NGOグループと国際赤十字社が作ったもので、紛争時や災害時の避難所開設について国際的な規範となっています。何十年も生活する可能性のある難民キャンプと震災の避難所では条件が異なるので、すべてをスフィア基準通りにする必要はありませんが、人としての尊厳が保たれる環境を提供する最低基準として、参考にすべきところが多くあると思います」

Q「スフィア基準」について教えてください


「スフィア基準は『家族テントやプレハブなど確立されたシェルターが提供されるべき』として、1人あたり3.5m2のスペース、覆いがあること、天井までの高さが2m以上、適切なプライバシーと安全が確保されることが重要だとされています。しかし日本の避難所はこれが難しい。避難所にもよりますが、畳1畳分(1.6m2)から3m2ぐらいで、仕切りがあるところすら少ないのです」

Qほかに避難所としての条件は?


「トイレは20人に1基が基準です。数だけでなく質も大切で、トイレが汚く、トイレに行く回数を減らそうと水を飲まないと体調を崩します。テント村には、排泄物が自動で完全密封され、それを傍のゴミ箱に自分で捨てる方式のポータブルトイレ『ラップポン』もご提供いただいたのですが、これは汚物がトイレに残らないため、衛生的で喜ばれました。

また見過ごされがちですが、女性は男性の3倍時間を要するので、数は1対3にしなければなりません。今後、国のルールとして『日本版スフィア基準』がほしいですね」
ポータブルトイレ「ラップポン」

Qテント村のメリットは?


「体育館などの避難所との1番の違いはプライバシーが守られることです。避難所ではどうしても『体が触れて嫌な思いをした』『着替えられない』などの声があがっていました。セクハラ対策としても役に立ちました。また、子どもの遊び声も共同生活をしている体育館ではうるさく感じますが、テント村では子どものはしゃいでいる声が聞こえていて、大人も元気になります」

「地震で家をなくした方、特に子どもは、余震による倒壊の恐怖から屋内を嫌がることがありますがテントなら安心。また、ペット連れの方にとって、テント生活は救いになります。仕事や学校の都合で遠くの避難所に移りたくない、移れない方々にも重宝されました。いずれにしても『究極のプライバシー』を確保してくれます」

いつどこで大規模地震が来てもおかしくない

テントとタープで快適さが増す

Qテントのデメリットはなんでしょうか?


「天気に左右されるところです。実際、熊本のテント村では晴天の日は日中かなり暑くなりましたし、大雨が降ると浸水のおそれもありました。幸い浸水するようなことはありませんでしたが、水位がくるぶしまで来るような大雨に襲われたこともありました。しかし、設置場所が全天候型の人工芝だったので、一時的に溜まった水もすぐに引き、土の地面のようにぬかるむこともなく、車も通行できました。

タープ(日よけ、雨よけのシート)をつければ風通しの良い日陰ができ、暑さ対策にもなります。テント内は寝室用、通気性に優れて火も使えるタープはリビング用と使い分けることができます。デメリットを補うような対策を考えることが大切です」

Q他に有用なものは何ですか?


「ダンボールベッドです。これはテントだけでなく、むしろ体育館などの避難所でも必要です。均等に加重すれば9tまでの重さに耐えられ、床に雑魚寝するのに比べて衛生的で、床からの冷えも防いでくれます。特にお年寄りにとっては『立って座って』が楽になるので、寝たきりになるのを防ぐ効果もあります。また昼間はテーブルとしても使え、ダンボールの中には物を収納することもできます。1式6000円ぐらいで手に入るので、家庭で使っても便利です」
テント村は円状に配置され防犯対策にもなった
日本列島は、今後、高い確率で起こる大規模地震がいくつかあります。中でも、関東から九州の広い範囲の被害が予想される南海トラフ地震、首都圏への影響が心配される首都直下地震は、今後30年以内に発生する確率が70%と予想されています(内閣府)。

「正しく恐れ、正しく備える」ためにも災害時の「テント」の有用性について、あらためて考えたいものです。
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