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【特別寄稿】『君の名は。』を気象的見地から読み解く(榎本正樹)

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2018/01/02 17:22 ウェザーニュース

新海誠監督の長編アニメーション 映画『君の名は。』は、世界的大ヒットを記録しました。2018年1月3日夜9時から、テレビ朝日系列が地上波として初放送します。放送に先立って、新海誠作品の評論で注目を集める榎本正樹さん(文芸評論家)に気象的観点から『君の名は。』を読み解いてもらいました。

卓越した風景描写に新たな世界

新海誠監督は、物理的・精神的に引き裂かれる男女の「距離」にまつわる物語を、壮大なスケールで提示し続けてきた。

個人の内面に肉薄した細やかな心理描写と、卓越した風景描写は作品を重ねるごとに進化=深化の一途を辿り、最新作『君の名は。』(2016年)において、新海監督の表現美学はエンターテインメントとの絶妙な融合を遂げ、新たな世界が切り拓かれるに到っている。

都心の風景と田舎の景観の対比

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三葉とクラスメイト ©2016「君の名は。」製作委員会
『君の名は。』では二つの場所が舞台となる。一つは立花瀧の住む東京都心であり、もう一つは宮水三葉が住む飛騨地方と推定される糸守町である。都会と田舎という点で、二つの場所は鮮やかなコントラストを見せる。ビルが林立する東京都心の風景と、田舎特有の地形が生む景観が、初秋以降の気候の変化ととともに描き分けられていく。

作中で三葉と親友の早耶香が「糸守町にないもの」をユーモアたっぷりに列挙していく場面がある。早耶香が指摘した「日照時間が短い」は、周囲を山で囲まれた糸守町の特徴をうまく言い表している。

東京の空の解放感

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新宿の夕景 ©2016「君の名は。」製作委員会
現在巡回中の新海誠展の『君の名は。』コーナーに展示されている監督による企画書の中に、「東京の方が空が広い」というメモ書きを見つけた。東京の空は狭く、田舎の空は広い印象があるが、実は平野部である東京の方が空に解放感がある。

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瀧のマンションからの風景 ©2016「君の名は。」製作委員会
瀧の体に入った三葉が高校に通学するためマンションの玄関扉を開けた瞬間、目に飛びこんできた風景に感動するシーンがある。赤坂御所の緑を前景に、六本木ヒルズや東京タワーを後景に置いたパノラマのように広がる風景と晴れ渡った空と雲は、東京の空の広さと美しさを写しとっている。

雲の描写に注目

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見上げれば東京の空も大きい ©2016「君の名は。」製作委員会
『君の名は。』で注目すべきは雲の描写である。専門外のため各場面で描かれる雲の種類について詳説できないが、東京の空に浮かぶ積雲や、糸守町の山の斜面に沿ってたなびく霞のような雲は強く印象に残る。

この雲のダイナミックな動きをとらえたのが、タイムラプスのシーンである。タイムラプスとは時間を早回しすることで、対象物の「運動」そのものを記録する動画撮影技術である。

タイムラプスの効果


『君の名は。』でもっとも秀逸なタイムラプスは、RADWIMPSの『前前前世』の曲に合わせて、瀧と三葉がお互いの入れ替わりに気づく物語前半のピークとなるシーンで採用された、糸守町と新宿の風景を独自のアングルでキャプチャーしたものである。タイムラプスによって、太陽や星の動き、そして生成変化する雲の様態が精確に表現される。

気象が物語内容に深いレベルで連動するシーンもある。たとえば、ティアマト彗星が地球に最接近するシーンにおいて、突然の風が糸守町の木々をざわめかせ、草をなびかせ、三葉の髪を揺らす。不穏な風の雰囲気が隕石の襲来を暗示する。

三葉と会うため、宮水神社のご神体のあるカルデラ山の頂上まで瀧が赴くシーンでは、これから訪れる試練の時を予告するかのように、遠雷が徐々に近づき、雨が降りだし、激しい雷雨となる。彗星災害から八年後、西新宿の高層ビル街の歩道橋ですれ違う瀧と三葉のシーンでは、新海作品では常套となった雪が降るシチュエーションが選ばれている。

カタワレ時に込められた思い

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クライマックスの対面シーン ©2016「君の名は。」製作委員会
『君の名は。』について語る時、カタワレ時について触れないわけにはいかないだろう。ほぼすべての新海作品において、夕方から日没直後の間は特別な時間として描かれる。

この時間帯特有の夕焼けもまた気象現象の一つであるが、『君の名は。』においても、お互いを希求する瀧と三葉が彗星災害の危機から糸守の住民を救うべく対面する重要なシーンに、夕焼けの赤紫が美しい黄昏時の時間が選ばれている。

糸守地方の方言では、黄昏時(彼は誰時)をカタワレ時と称するが、本作が「片割れ探しの物語」であることに気づく時、絶妙なネーミングに思わず唸らされる。作中に繰り返し登場する「半分の月」のイメージも、片割れ探しのテーマを強く訴えかける。

雲の描写が二人の未来を暗示


そして物語のラスト。お互いを探し求める瀧と三葉は、雨上がりの東京の街中を彷徨う。これまでの痛苦のすべてが洗い流されたような、清浄で穏やかな春の雨後の風景の中で、彼らは出会い直す。

瀧と三葉の再会を祝すかのように、澄み渡った東京の空に漂う雲が、来たるべき二人の未来を私たち観客に示唆するのである。
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