新海作品を読み解く新たな視点【榎本正樹】
新海誠監督は、物理的、精神的な距離によって引き裂かれた者たちが、断絶を乗り越え、つながりを得ようとする状況を繰り返し描いてきた。私たち観客もまた、距離を乗り越え、苦しみもがきながら真摯にコミュニケーションを取ろうとする登場人物の姿に感銘を受けてきた。新海誠監督の作品世界を彩るのは、人生や他者とまっすぐに向き合う肯定的で魅惑的な人物であるが、人物の背後に置かれた風景もまたすぐれて魅惑的である。
日没直前の夕陽、自然に囲まれた山々、さざ波が打ち寄せる海岸、人々が行き交う雑踏や林立する都心のビル群など、新海作品の中で描かれる印象的な風景を私たちはすぐにも想起することができる。新海作品において、風景もまた、ある種の登場人物である。そしてこれら風景描写の一翼を担うのが、すぐれた気象表現である。
日没直前の夕陽、自然に囲まれた山々、さざ波が打ち寄せる海岸、人々が行き交う雑踏や林立する都心のビル群など、新海作品の中で描かれる印象的な風景を私たちはすぐにも想起することができる。新海作品において、風景もまた、ある種の登場人物である。そしてこれら風景描写の一翼を担うのが、すぐれた気象表現である。
高度な気象表現
列車の窓からきらびやかに射しこむ陽光。空をゆっくりと移動する雲。風になびく草原。優しく、時に激しく降り注ぐ雨。突然襲来する雷雨。ゆっくりと舞い落ちる雪片。繊細なタッチで表現される気象にまつわるシーンは、新海作品に陰影をもたらし、物語に奥行きと余韻を与える。
気象とは人間を取りまく自然環境である。私たちは気象に包まれている。多くのアニメーション作品において、気象は構成要素の一つであるが、新海監督のセンシティブな感性は高度な気象表現を実現している。気象は常に揺れ動く動態として観測される。気象は千変万化する。一瞬として同じ状態にとどまることはない。人の感情や意識もまた、常に変化変転する。まるで気象のように。
気象とは人間を取りまく自然環境である。私たちは気象に包まれている。多くのアニメーション作品において、気象は構成要素の一つであるが、新海監督のセンシティブな感性は高度な気象表現を実現している。気象は常に揺れ動く動態として観測される。気象は千変万化する。一瞬として同じ状態にとどまることはない。人の感情や意識もまた、常に変化変転する。まるで気象のように。
人間の内面と気象がリンク
新海監督は、人間の内面世界と気象の関係をアニメートする。登場人物の内面と気象は密接にリンクしている。そうした地点から緻密に作品を設計する。その達成ともいえる作品が『言の葉の庭』(2013年)である。
『言の葉の庭』は、気象に敏感な日本人の繊細な感受性と美意識の流れを汲んでいる。東京都心にある庭園の東屋(あずまや)で出会った靴職人を目指す高校生のタカオと年上のユキノ。二人は秘めやかな東屋で、雨の日限定の再会を繰り返し、徐々に距離を縮めていく。雨は時に二人を包みこむようにやさしく、時に二人の感情にシンクロするかのように激しく降る。『言の葉の庭』で描かれる降雨シーンとそのバリエーションは豊富である。光の反射や陰影や写りこみを巧みに取りこんだ、実写を凌駕する緻密な映像表現が、情趣に富んだ雨の情景を生みだしている。
『言の葉の庭』は、気象に敏感な日本人の繊細な感受性と美意識の流れを汲んでいる。東京都心にある庭園の東屋(あずまや)で出会った靴職人を目指す高校生のタカオと年上のユキノ。二人は秘めやかな東屋で、雨の日限定の再会を繰り返し、徐々に距離を縮めていく。雨は時に二人を包みこむようにやさしく、時に二人の感情にシンクロするかのように激しく降る。『言の葉の庭』で描かれる降雨シーンとそのバリエーションは豊富である。光の反射や陰影や写りこみを巧みに取りこんだ、実写を凌駕する緻密な映像表現が、情趣に富んだ雨の情景を生みだしている。
タカオとユキノの感情の変化が、雨の降り方や、滴り落ちる雨のしずくの微細な動きによって表現される。ここまで徹底して、気象表現を感情表現に結びつけたクリエーターを他に知らない。新海監督の気象に対する観察眼は傑出している。
雲や風、雨に込められた役割
『ほしのこえ』(2002年)、『雲のむこう、約束の場所』(2004年)、『秒速5センチメートル』(2007年)、『星を追う子ども』(2011年)、そして最新作の『君の名は。』(2016年)。紙幅の関係で詳説できないが、これらの作品においても雲や風や雨や雪が大きな役割を果たしている。改めて、気象シーンに注目して新海作品を観直してみてはいかがだろうか。
気象に対する新海監督のすぐれた観察力と、世界観照を作品に昇華させる表現力が、次なる傑作を誕生させることは間違いない。
気象に対する新海監督のすぐれた観察力と、世界観照を作品に昇華させる表現力が、次なる傑作を誕生させることは間違いない。
参考資料など
【榎本正樹】文芸評論家。1962年千葉県生まれ。専修大学大学院文学研究科後期博士課程修了。博士(文学)。現在、複数の大学で講義を担当。