総力特集

北海道新幹線開業! 世界一の雪対策

雪対策が盛り込まれた北海道新幹線(提供:JR北海道)
雪対策が盛り込まれた北海道新幹線
(提供:JR北海道)
3月26日に開業した北海道新幹線。昨年開業した北陸新幹線を上回るフィーバーぶりだが、新幹線の歴史には知られざる雪との闘いがあった。

半世紀前のトラブル

雪中走行の想定外

日本で初めて新幹線が開業したのは今から52年前の1964年10月、東京−新大阪間を走る東海道新幹線だった。ところが、開業3ヵ月後に思いがけない事故が起こった。
1965年1月6日、降雪で車両故障や停電が発生した。原因は高圧機器箱への浸水であった。初めての雪の洗礼だった。3日後の1月9日は吹雪になった関ヶ原(岐阜県)を通過した新幹線の床下の機器が損傷する事故が起こった。
東海道新幹線開業当時の0系

東海道新幹線開業当時の0系

同様の事故は、関ヶ原に雪が降るたびに発生した。列車の窓ガラスに敷石(バラスト)が当たって損傷したり(窓ガラスは2重になっているので乗客にけがはなかった)、沿線の民家に敷石が飛び込む(幸い人身事故は免れた)という事故が起きるようになった。国鉄(当時)としては想定外の事故だった。

油断していた雪対策

なぜ想定外の事故が続いたのか。鉄道ライターで『乗りものニュース』編集長の恵知仁(めぐみ・ともひと)さんが語る。
「東海道新幹線は東京−新大阪間の500km余りがわずか5年で建設されました。そのぶん、走行試験の時間が十分取れませんでした。開業前に現在の神奈川県小田原市−神奈川県綾瀬市間に約30kmのモデル線をつくり、高速走行試験を行っていますが、そこは雪が降らない区間でした」
『乗りものニュース』編集長の恵知仁さん

『乗りものニュース』編集長の恵知仁さん

営業運転の前に降雪時の走行試験を経験していなかったのである。

新幹線のすさまじい風圧

では、事故の原因は何だったのか。恵さんが続ける。「時速200km(当時)で走る新幹線の風圧はすさまじく、軌道の雪を多く舞い上げます。舞い上がった雪は床下に付着して凍りつき、それが溶けて落下したとき敷石を跳ね飛ばしたのが窓ガラスなどを破損する事故の原因だったのです」

関ヶ原になぜ雪が降るのか

東海道新幹線にとって冬季は難所となった関ヶ原。関ヶ原に雪が降るのは、日本海と琵琶湖の間にさほど高い山がないからだ。
冬になると大陸からの冷たく乾いた北西の季節風が日本海上空で水分を補給し、山にぶつかって日本海側に雪を降らせる。しかし、琵琶湖の周辺は高い山がないため湖面を渡ってきた冷たく湿った空気が伊吹山(1377m)にぶつかって関ヶ原に雪を降らせるのだ。
伊吹山をバックに走るDr.イエロー

伊吹山をバックに走るDr.イエロー

JR東海の雪対策

関ヶ原の雪対策はさまざま行われた。雪の舞い上げを抑えるように在来線並みに速度を落として走行する、関ヶ原前後の駅で床下に付着した雪氷を剥(は)がすなどだ。
東海道新幹線の新型除雪車(撮影:恵知仁)

東海道新幹線の新型除雪車(撮影:恵知仁)

さらに、毎年のように雪対策が加えられている。恵さんが語る。
「雪を湿らせ舞い上がりを抑えるスプリンクラーの利用、新型除雪車の導入、さらにN700系では床下にカメラを搭載して状況を監視するといった対策がなされ、1994年以降、関ヶ原の雪で運休したことはありません。また、東海道新幹線は自然災害などを含めて平均遅延時間が0.6分(2014年度)という、他国の鉄道では考えられないレベルで運行されています」
米原駅で車体の雪を落とすスプリンクラー(撮影:恵知仁)

米原駅で車体の雪を落とすスプリンクラー
(撮影:恵知仁)

雪を制した「スラブ軌道」

豪雪地帯を走る新幹線

1982年に東北新幹線と上越新幹線が開業した。どちらも降雪地帯を走るのに、雪による遅延などはほとんど発生していない。
「それはスラブ軌道にスプリンクラーで水を撒(ま)いて雪を溶かしているからです」(恵さん)
上越新幹線のスラブ軌道

上越新幹線のスラブ軌道

スラブ軌道とは、軌道スラブと呼ばれるコンクリート製の板を設置し、その上にレールを敷いた軌道だ。
東海道新幹線のように盛り土をした路盤に敷石、枕木、レールを設置したバラスト軌道とは構造が違う。盛り土の軌道にスプリンクラーで大量に水を撒くと路盤が緩んで陥没するおそれがあるが、スラブ軌道ならその心配がない。
高架を走行する上越新幹線

高架を走行する上越新幹線

豪雪地帯を通る上越新幹線の場合、トンネルを除き3kmおきに消雪基地を設け、雪が降ると自動的に6mごとに設置したスプリンクラーが作動し、その数は3万個に及ぶ。

豪雪地帯は8割がトンネル

上越新幹線はトンネルの割合が全区間の4割に及ぶが、雪が多い高崎-長岡間だけだと8割がトンネルなので雪の影響を減らせる。しかもトンネルとトンネルの間をシェルターで覆(おお)うという完璧ぶりだ。
上越新幹線はトンネルが多い

上越新幹線はトンネルが多い

「線路に沿って、列車が弾き飛ばした雪を貯めておける排雪溝もあります。2004年の新潟県中越地震では、走行中の列車が傾いたまま停車しましたが、横転しなかったのは、この排雪溝に車体がうまくはまったのが理由の一つです」(恵さん)

雪対策を施した200系車両

車体の床下が機器でデコボコしていると雪が付着しやすいので、機器類を車体のなかにスッポリ収納するボディマウント構造の200系が東北・上越新幹線用に開発された。先頭車両には線路に積もった雪を弾き飛ばす「スノープラウ」も装備した。
200系は先頭車両の下部にスノープラウを装備(撮影:恵知仁)

200系は先頭車両の下部にスノープラウを装備
(撮影:恵知仁)

200系のボディマウント(車体下部)(撮影:恵知仁)

200系のボディマウント(車体下部)
(撮影:恵知仁)

ポイント(分岐器)は雪が詰まったり、凍りついたりすることがあるため、上越新幹線はポイントにヒーター、電気温風機、80℃の湯を流すなどの対策を施している。東北新幹線も雪が多い区間では、こうした雪対策がとられている。

JR北海道の独自対策を盛り込む

3月26日開業の理由

JR各社の3月ダイヤ改正は例年3月中旬に行われている。2014年は3月15日、2015年は3月14日だった。しかし、今年は3月26日と遅かった。北海道新幹線開業のためだ。工事が遅れたわけではなく、悪天候によるダイヤの乱れを避けるため、雪解け時期が近い3月下旬にしたのだ。
雪のなかを走行する北海道新幹線(提供:JR北海道)

雪のなかを走行する北海道新幹線
(提供:JR北海道)

北海道ならではの雪対策

北海道新幹線はこれまでの新幹線の数々の雪対策を受け継いでいる。それに加えて、北海道ならではの雪対策も採用されている。ポイントに雪が挟まったり凍結して切り替えできなくなるのを防ぐ工夫だ。

【エアジェット式除雪装置】

ポイントの雪を温水で溶かしても、厳冬の北海道では再凍結するおそれがある。そこで水を使わずに圧縮空気を噴射して除雪するのだ。

【ピット式ポイント】

ポイントの下部に深さ30cm程度のピット(空間)を設け、雪を貯めることなくピット内に雪を落とし、下に敷いた電気融雪器で雪を溶かして軌道外に排水する。
ピット式ポイント(提供:JR北海道)

ピット式ポイント(提供:JR北海道)

【スノーシェルター】

ポイントの前後の軌道をスノーシェルターで覆い、雪が積もらないようにする。
スノーシェルター(提供:JR北海道)

スノーシェルター(提供:JR北海道)

JR北海道は、すでにこうしたポイントの雪対策を在来線で行っていて、その有効性は実証済みだ。北海道新幹線には10ヵ所のポイントがあり、これらの対策を採用している。

世界最高水準の雪対策

北海道新幹線は1973年に整備計画が決定されたが、止まっていた計画が動き工事が始まったのが2005年。計画が大幅に遅れたのは残念だが、その間に上越新幹線や東北新幹線などの雪害対策のノウハウが蓄積され、北海道新幹線に世界最高水準の雪対策取り入れることができたといえる。
H5系はE5系をベースにした(提供:JR北海道)

H5系はE5系をベースにした(提供:JR北海道)

飛行機に比べれば雪に強い

北海道新幹線は飛行機と比較されることが多い。所要時間でいえば、飛行機(羽田−函館間)が約1時間20分、北海道新幹線(東京−新函館北斗間)が約4時間だ。前出の恵さんが語る。
始発・終着駅になる新函館北斗駅(提供:JR北海道)

始発・終着駅になる新函館北斗駅
(提供:JR北海道)

「新幹線は、実は飛行機より雪に強いのです。飛行機が欠航するレベルの大雪でも、新幹線はめったに止まりません」
札幌までの延伸が待ち遠しい。