SORA気象アーカイブス Vol.2

富士山測候所物語

剣ヶ峰に建つ富士山測候所
剣ヶ峰に建つ富士山測候所

通年観測する測候所としては世界一標高が高かった富士山測候所。2004年、72年間にわたる有人観測に幕を閉じた。厳冬期には気温が氷点下30℃くらいに下がり、ときには60m/sの突風が吹き荒れる過酷な環境で、どのような気象観測が行われていたのだろうか。

123年前の命がけの冬季観測

富士山測候所のさきがけとなったのは1895(明治28)年、気象学者の野中到(いたる)が自費で建てた観測小屋だった。6坪ほどの小屋で妻・千代子とともに冬季の気象観測を行った。82日間にわたる山頂での暮らしはまさに命がけ。極寒の中で観測機器が次々に壊れ、高山病と脚気に苦しむようすは新田次郎の『芙蓉(ふよう)の人』に描写されている。何回かTVドラマ化され、昨年7月からはNHK土曜ドラマで6回にわたって放映された。ちなみに、「芙蓉」とはハスの花のことだが、富士山頂の火口縁の八峰をハスの花弁にたとえて「芙蓉峰」とも呼ばれている。

初めて冬季観測を行った野中夫妻(気象庁提供)
初めて冬季観測を行った
野中夫妻(気象庁提供)

昭和7年の「立てこもり事件」