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【東日本大震災から7年】
アルピニスト野口健さんに聞く「生きのびる力の育て方」

写真:ヒマラヤ登山中に酸素吸入する野口さん
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2018/03/10 17:42 ウェザーニュース

東日本大震災で寝袋を届け、熊本地震では避難テント支援と社会活動も旺盛なアルピニスト野口健さん。冒険家として世界の七大陸最高峰登頂の経験を持ち、人間の極限状態を体験してきた野口さんに「生きのびる」意味と方法をお聞ききしました。

被災地と向き合うために

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東日本大震災の被災地に寝袋を届けた
――3.11の時はどこにいましたか?
「ぼくは青森に行くために羽田空港にいました。大きな建物がガタガタと音をたてて揺れ、慌てて表に飛び出したら、ターミナルバスがまるで痙攣したように激しく震えていました。空港内のテレビ画面に映し出される被災地の見たこともない映像・・・。帰宅しようと車を走らせていたら東京湾の反対側の空が真っ赤に染まっていました」

――被災地に寝袋を送られましたね
「この状況下で自分にできることはないか、と考え続けました。それが、節電の呼びかけであり、寝袋を届けることでした。寝袋は国内外からトータルで2000以上が集まりました。長野県小諸市の協力で、食料や下着などと共に数回に分けて被災地に送ったのです」

――被災支援を続けて感じられたことは?
「現地の方とお会いしてつくづく感じたのは、被災して辛い思いを抱えている人たちの気持ちにどれだけ近づくことができるのかということ、そして“今、自分ができることは何か?”を問い続けることでした。そうすると一歩踏み出す気持ちが湧き、歩み出せば必ず助けてくれる人が出てきます。まず“できること”を探っていく、そしてそれを伝える、伝え続けていく、その努力が大切だと知りました」

――野口さんは震災支援でツイッターやブログなどを活用されましたね
「情報のやり取りの要はツイッターでした。スピードが速く、被災地でいま何が求められているかがよくわかりました。また、ツイッターやブログを見て支援の声を上げてくださる方も多かったのです。被災地で必要なものも時間の経過とともに変化しています。最初は水や食料、衣服…それから下着、文房具、本、おもちゃなど。タイムリーな情報を得る最良の手段でした」

登山では遭難することが前提

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エベレストを登る野口健さん
――日本はいつどこで大震災が来てもおかしくない、と指摘されていますが
「そもそも『いつどこで地震が来てもおかしくない』ということを本当の意味で理解している人がどれほどいるでしょうか。一昨年大地震があった熊本でも水害対策はしていても、地震対策は想定されていなかったのです。

ぼくらは山に登る時、常に遭難することを前提に考えています。遭難するかもしれない、ではなく遭難はするものなのです。そう考えるから現実的な対策が打てる。いざとなった時に動ける。『地震はくるもの、自然災害は起こるもの』。ふだんから自然災害を当たり前とするスタンスが大事なんです」

――ふだんから危機感を持ち続けるのは難しいものです
「東京のある消防士が漏らしていました。『皆、避難所に入れる、そしてその避難所では快適な生活をさせてもらえると思っている。それが間違いだ』と。実際、熊本地震では避難所に入れず、車内泊を余儀なくされている人々がたくさんいました。

実は避難所の数は、大きな地震が起きた場合、どれぐらいの家が壊れて、その人たちのためにはどれくらいの避難所が必要か、という計算で決められています。でも家が壊れなくても、ライフラインがダメなら人々は当然避難所に向かいます。

また仕事中の被災であれば、そこの住民であろうがなかろうが皆近くの避難所に集まることになります。特に都内では、場所によっては体育座りすらできない状況が想定されているのです」

――発災後、すぐに公の支援が望めないわけですね
「被災した時、何よりも大事なのは生命の存続。最初の3日は、自分で生きのびること。まずは自分で自分の身を守る『自助』が大切になります。自分の身が守れないことには周りの人を助けられません。公的支援を受けられるようになるには、ある程度時間がかかります。

とにかく危険な状態から逃れて命を守ること。生き物には生存が脅かされた時、生きぬくために自分ができる最大限の方法をとる本能があります。

しかし、この平和な社会で普通に暮らし、生存本能が弱まっていると、ちょっとしたことで体が動かなくなったり、『今何をすべきか』の優先順位を間違えたりするものです。日常的に自分の身を自分で守る力、つまり生きのびる力を磨くことがいざという時に役立ちます」

“プチ・ピンチ”を経験する

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環境学校で子どもたちとアウトドアを体験
――生きのびる力はどうやって養われるのでしょうか?
「生きのびる力とは、体力と、反射的に動ける身体能力、冷静な判断力、諦めないで粘る精神力などのことです。これらは小さい頃から自然体験の中で、小さな失敗、怖かった体験、ヒヤヒヤした経験、などの“プチ・ピンチ”を経験することで磨かれます。

近年『子どもには危険なものには触れさせないように』という教育が行われているようですが、それでは“プチ・ピンチ”の経験が減ってしまい、いざという時に動けない人間になってしまいます」

――プチ・ピンチを経験する方法は?
「タイのバンコクで義務教育に組み込まれているボーイスカウトは、チームワーク、リーダーシップが身につくこともあり、“プチ・ピンチ”の機会を得るにはうってつけです。また家庭で気軽にアウトドア経験するのもいいでしょう。

イタリアなどヨーロッパにはテント村が多数あり、ハイキングやキャンプなどのアウトドアが、日常生活の延長線上に趣味として馴染んでいるのです。アウトドア体験は、今社会で必要とされるコミュニケーション能力や柔軟に対応できる人材を育ててくれるはずです」

――キャンプなどのアウトドアは、初心者にはハードルが高いですが
「大げさに考えず『いつもと違うことをしてみよう』ということが大切なのです。日帰りでキャンプ地に行ってみたり、ベランダや庭にテントを張ってみたり。慣れてきたら雨の日にチャレンジしてみたり。

山に行かなくても、電気やガスなどで保障された安全で便利で快適な屋内からいったん出てみる。嫌になったら屋内に戻ればいい。それだけでアウトドア体験は十分なんです」

日頃からアウトドアを楽しむ

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ヒマラヤのテント内は香りも持ち込み快適に
――防災グッズでも同じことが言えそうですね
「3.11の後は防災グッズの売れ行きが一気に伸びました。しかし、買って安心してしまい、それっきりになっている家庭が多いのでないでしょうか。わざわざ非常用として特別なものを買うというのはあまりいい震災対策ではありません。

いつ来るかわからない『災害のために道具を揃えましょう』と言ってもなかなかその気になりにくいものです。常日頃からアウトドアを楽しんでいれば、そこで使っていたグッズやノウハウなどが災害のときにも大いに生きてきます。

別にアウトドアだけに使うものじゃなくてもいい。缶詰やカップラーメンなどを常備食としてストックしておき、賞味期限が古いものから食べて、ときどき新しいものを買い足す。

日常と非日常を分けて考えずに、日常的な食品や日用品を少し多めにストックしておくようにすれば、災害用備蓄も負担なくできます」

――おすすめの防災グッズはありますか
「一般的な防災グッズとは別にアウトドアでも役立つものを紹介します。特におすすめなのは寝袋。小さくまとめられるし、暖かい。実はぼくたちもヒマラヤの高い山に登る場合、寝袋1つとカイロ代わりにお湯を入れるボトルだけで十分なんです。

またどこであろうとリラックスできるように自分にとって落ち着けるもの、ぼくは香りものなどを持って行きます。過酷な避難生活だからこそ、心身を休ませられるものが必要なんです」

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ヘッドランプ
懐中電灯より両手が使えていい、常に自分の目先を照らしてくれる。

アーミーナイフ
缶を開けられ、ノコギリ代わりにもなる。普段からリンゴの皮むきなどで使い慣れておく。

ソーラーランタン
ランタンは太陽光で充電できるものがよい。

アイマスク、耳栓、マスク、目薬
慣れない環境でしっかり睡眠を取るには必須。ほこりっぽいのでマスクと目薬もいる。

速乾下着
速乾性が高く、制菌作用があるので体臭が匂いにくい。

防寒にはダウン
軽く動きやすくて暖かい。ダウンパンツも良い。

寝袋
ジッパーを閉めれば保温性、気密性が高くなって暖かい。ヒマラヤ登山でもダウンの寝袋で十分。寝袋用のマットやエアマットを使えばベッドのように寝心地がよい。様々なタイプがあるので、自分のお気に入りを探すのがおすすめ。

テント
避難所の数が足りていない現状では、一家に一張のテントは必需品。定期的に遊んで使い方の確認を。

携帯トイレ
災害時に排泄関係のトラブルがあると、気持ちが非常に凹む。買ったら実際に使って試しておくこともとても大事。

おりものシート
お風呂に入れなかったり、下着不足が続いた時に、こまめに交換でき便利。ケガした時のガーゼ代わりにもなる。

被災したときも「日常的なリズム」を大切に

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「自分にできることは何かを問い続けました」(野口さん)
――他に日常的に準備すべきことは?
「絶対にやっておくべきことは、家族会議。震災が起きた時どう行動するか、各々の役割分担を決め、またそれぞれが外出している時どこで集合するか話し合う機会を半年とか1年に1回設けるといいでしょう。

子どもにも役割を与えてあげると自覚が芽生え、自分で考えるようになります」

――実際に被災したとき、どのように生活すればいいのでしょうか
「まず出来るだけ『日常的なリズム』を維持する努力をすることです。たとえば朝起きて、まずヒゲを剃って…とか。ラジオ体操など体を動かすことを取り入れる、とか。

『今は非常時だから』と遠慮しないことです。これがよくない。身だしなみや生活の規律の乱れは気持ちの張りをなくします。

また記録をとっておくのもオススメです。記録し、客観性を持つことで自分が保たれます。こういったことに『そんなお気楽なことしてられない』という声もあるでしょう。

でも生き残った人は生き続けなくてはいけない、生活を続けなくてはいけないのです」

日本は過去の歴史が示すように何十年ごとに大きな自然災害に見舞われています。もちろん自然の恩恵にも恵まれていますが、災害列島であることに変わりはありません。

大地震が近づいているといわれている中、「いざという時」のためにわたしたちは何をしなければならないのか?

避難生活で大事なことは、「あくまでも日常生活の延長線上にあると捉えることだ」と野口さんは繰り返し言います。野口さんの貴重な経験から導き出された一つの提案は傾聴に値すると思います。

参考資料など

写真提供:野口健事務所
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