[特設サイトトップに戻る]
[更新]
日記からの転載で申し訳ありませんが…
揺れる度に目が覚める。
怖くて眠れない…
昼間の地震が、耐性の無い私には相当なショックとストレスを齎したようです。
店でPC作業をしていて、そろそろ休憩しようかな〜なんて思っていた矢先…
次第に強くなる揺れ、いつもなら収まってくる頃なのに長い。
聞こえる悲鳴、立ちすくむ親子、出口に向かって一斉に走り出すお客様方。
店内の商品は次々と床に落ち、食器やディスプレイ品が粉々になり、棚板も外れてテレビが落下、この時点でパニックでした。
更に停電、薄暗い館内で避難指示の放送が流れ、お客様を外へ誘導。
店内は笑っちゃうくらいに悲惨な状態でした。
天災の前に人は余りにも無力だと思い知りました。
外に出ると埃?塵?か分かりませんが一面が白い。
目の前の某巨大工場からは真っ黒い煙が上がり、辺りは花火の後のようなきな臭さが充満し、そんな中を消防車がけたたましいサイレンを鳴らしながら向かって行く。
見るからに緊急事態。
小心者なので、このイレギュラーな状況に既に頭は真っ白。
何このアニメ的展開…、これって現実?
携帯も繋がらず、外の情報が一切分からない。
館は営業不能で閉店になり、電車は止まってるんでスタッフを各最寄り駅まで車で送り、自宅に向かうにも渋滞で進まない!
苛立つ中で、ようやく19時過ぎに家族の無事を確認。
本当に安心しました。
関東の私ですらこの状態だったので、震源地付近の方は何も考える余裕すら無いですよね…
皆さん不安な夜を過ごした事と思います。
上手く言葉が出てきませんが、これ以上の被害が出ないよう心から祈っています。
減災リポーターさん
千葉県千葉市中央区
2011-03-12 08:42:18
大きな被害は見受けられません。
屋内は花瓶や小物などが落ちて散乱してます。
わずかな怪我をしないように注意したいと思います。
減災リポーターさん
千葉県柏市新逆井
2011-03-12 08:41:02

マンションの10階です。
靴箱、タンスなどが倒れてかなり怖い思いをしました。
食器棚にクッションのあるシートをしいていたり、扉には全部かんたんな鍵をつけていたので、中身が出ずに済みました。これをやってなかった家はグラスやお皿が飛び出してきて割れて、かなりの恐怖だったそうです。
文字だと説明しづらいけど、100均などで買える食器の下に敷くシートや、扉の鍵は重要だとわかりました!!!
減災リポーターさん
千葉県市川市
2011-03-12 08:40:25
幸い母と一緒に自宅にいて家も無事です。父・兄も夕方帰宅。
四方八方に揺れ、上から物が落ち2,3階は物が散乱している状態です。
隣の家は平屋なのですが、ブロック塀が崩れていましたが無事です。
減災リポーターさん
千葉県千葉市中央区矢作町
2011-03-12 08:40:23

家の状況は
帰って玄関の扉を開けてすぐに
玄関の家具が全て倒れていて家にすら入れなかった
家のピアノが前にずれていて地震の大きさを物語る
棚にあった装飾品は
全て崩れ
ガラスのものは割れている
しかし家族写真だけは
壊れなかった
わが家族の持ち合わせの運だろうか。
減災リポーターさん
千葉県佐倉市染井野
2011-03-12 08:40:20
主な被害は新PCが棚の下
ちょっといい時計が割れた
家の棚がほぼ倒れて皿全滅
職場付近液状化現象くらい
減災リポーターさん
千葉県千葉市中央区千葉、蘇我駅付近
2011-03-12 08:38:11
固定、携帯電話が繋がりにくくなってます。家からは回線が途切れてしまいます。相手からかけてくれると繋がりやすくなってます。
さん
千葉県市川市
2011-03-12 08:38:04
被害状況は今回の地震被災地の中では小さい方
机・棚の上の物が落ちる・散乱する、 窓ガラス・壁にヒビが入る、 停電、 信号機の不能による交通渋滞
『特に困った事』
・防災無線が地震発生後に何度か入ったが 音割れがひどく何を言っているのか全く聞き取れない
・停電の為 テレビ、ネットで情報収集不能
・停電による電気製品の使用不能
・電話、携帯の通話不能
『要望点』
・とにかく情報がわからないので停電がいつまで続くのか(見込みがなくても)知りたかった
減災リポーターさん
千葉県八街市
2011-03-12 08:37:53

公園のベンチが液状化で片方が地面にめり込んでいました。
けろけろさん
千葉県千葉市花見川区
2011-03-12 08:36:58

雷が落ちたような爆音と空の異様な明るさと赤さ、黒い煙り、そして雨。石油コンビナートが爆発し、窓から炎が見えていました(写真)。私は自宅に帰る途中でもJFEの爆発を間近で見ており、戦争が始まったのかと思うほどの衝撃でした。
地震が起きた頃千葉駅にいましたが、やはり大混乱し、JRは全線見合わせ、バスも中々出ない状況に。人はあふれていきました。通学のために置いてあった自転車で時間をかけて帰ってきました。なんとか帰宅し、自宅や家族が無事だったことに安心したものの、震度3以上の大きめの余震も多く、不安な気持ちでいました。
倉庫に食料や日用品を移動し、いつでも逃げることが出来るようジャンパーを着たまま過ごしていました。
そして、テレビをつけると地獄絵図が…。これが日本だなんて信じられない。
減災リポーターさん
千葉県市原市八幡
2011-03-12 08:36:24
[特設サイトトップに戻る]